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安宅船【あたけぶね】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

安宅船
あたけぶね
16世紀に出現して戦国時代の水軍の主力となった大型軍船。船体上部を総矢倉として装甲板でおおい,その中から大砲鉄砲を撃てるようにしたもので,攻撃力,防御力とも他の軍船よりすぐれ,小型でも 500石積み,大型では 3000石積みに及んだ。ただ大型船のわりに推進力のが少いため,軽快な行動力を欠いた。しかし,艦隊旗艦および主力艦として水軍編成の中心となった。慶長 14 (1609) 年江戸幕府は諸大名の水軍勢力を抑制する目的でその所有を禁止したので,実質的にはこれをもって終止符が打たれた。

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デジタル大辞泉

あたけ‐ぶね【宅船/×武船】
戦国時代から江戸初期にかけて建造された大型軍船。紀伊安宅氏の創始とされ、大砲を備えたものもあった。あたけ。

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世界大百科事典 第2版

あたけぶね【安宅船】
16世紀後半のいわゆる戦国時代,各地の武将によって建造され,その水軍の主力となった日本最初の本格的木造軍船の総称。日本の船は15~16世紀の,それまでの没水部を刳舟(くりぶね)(丸木舟)に依存する刳舟式準構造船から,本格的な構造船に移行する。こうして伊勢船二形船(ふたなりぶね)などの商船が誕生するのであるが,これら大型商船の上部構造物(上甲板より上部にある屋形など)を堅木の厚板で囲い,これに銃眼をあけて正面に大砲(おおづつ),側面には弓矢鉄砲を備え,上甲板上には2層ないし3層の櫓(やぐら)をあげたものが軍船安宅船である。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

安宅船
あたけぶね
室町時代末から江戸時代初めにかけての最強で最大の軍船。500石積級の小安宅から2000石積以上の大安宅がある。船首の形状は上部は四角な箱型であるが、下部が水切りのよい鋭角のもの(二成(ふたなり)型)と、下部も平たいもの(伊勢船(いせぶね)型)とがあり、3階ないし4階に船体をつくる。船体の上部構造は胴壁造りの押廻(おしまわ)しと称する総矢倉(やぐら)で囲み、攻撃のために鉄砲、大筒(おおづつ)、弓矢が発射できるように随所に狭間(はざま)を設けた。総矢倉には厚さ約2~3寸(約6~10センチメートル)ほどのムクやクスなどの堅木(かたぎ)を用いて装甲板とし、ときにはその上に薄い鉄板を張り巡らした。一般には船首寄りに、ときに船尾寄りに2層から3層の櫓(やぐら)を構えて偵察、攻撃に備えた。推進力となる櫓(ろ)数は、小安宅が50丁立、大安宅は160丁立(二人漕(こ)ぎの大櫓だと100丁立相当)であった。[宇田川武久]
『石井謙治著「船と航海の歴史」(『図説人物海の日本史 4』所収・1979・毎日新聞社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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