●宋銭【そうせん】
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
宋銭
そうせん
Song-qian; Sung-ch`ien
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デジタル大辞泉
そう‐せん【×宋銭】
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世界大百科事典 第2版
そうせん【宋銭】
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日本大百科全書(ニッポニカ)
宋銭
そうせん
中国の宋代(960~1279)に鋳造された銭貨。銅銭と鉄銭がある。北宋(960~1127)の太祖が宋元(そうげん)通宝を鋳造し、太宗の時代に太平(たいへい)通宝、淳化(じゅんか)通宝、至道(しどう)元宝を発行してのち、おおむね改元ごとに、その年号を記した銭が鋳造された。当時、貨幣需要が大で、鋳造技術の未熟な諸外国では、宋銭を輸入して、この欲求を満たしていた。このため北宋末期から宋の銅銭流出は盛んで、南宋(1127~1279)になると、ますますこの傾向が進んだため、南宋末期には貿易縮小、また禁止による流出防止政策がとられた。現在、宋銭は日本をはじめ南洋一帯、アフリカ東岸の地域で発掘出現している。
日本では、9世紀遣唐使廃止後も続いた日中私貿易が12世紀以降盛んとなり、多量の宋銭が流入し、皇朝十二銭とともに流通したが、宋銭の増加は物価の動揺を引き起こすとの理由で、朝廷は1179年(治承3)以後、しばしば宋銭の流通を禁止した。しかし商業の発達に伴い、貨幣需要が激増した鎌倉・室町時代にも政府は銭貨官鋳を行わなかった。室町時代には宋銭とともに元(げん)・明(みん)銭や私鋳銭が流通し、貨幣授受の際に良銭を選び取る撰銭(えりせん)が流行したが、宋銭は良銭として取り扱われた。
[百瀬今朝雄]
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精選版 日本国語大辞典
そう‐せん【宋銭】
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旺文社日本史事典 三訂版
宋銭
そうせん
日宋貿易で大量に輸入され,皇朝十二銭以後絶えていた日本の貨幣流通を再開させた。明銭とともに江戸初期まで使用され,わが国貨幣経済の発展を促した。
出典:旺文社日本史事典 三訂版
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