@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

宗像大社【ムナカタタイシャ】

デジタル大辞泉

むなかた‐たいしゃ【宗像大社】
福岡県宗像市にある神社。九州本土の田島にある辺津(へつ)宮、大島にある中津宮、沖ノ島にある沖津宮総称。旧官幣大社祭神市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)湍津姫命(たぎつひめのみこと)田霧姫命(たきりびめのみこと)(田心姫命(たごりひめのみこと))。海上交通守護神として有名。全国宗像神社総本社
[補説]平成29年(2017)「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の一つとして世界遺産(文化遺産)に登録された。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉プラス

宗像大社
福岡県宗像市にある神社。田心姫神(たごりひめのかみ)を祀る沖津宮、湍津姫神(たぎつひめのかみ)を祀る中津宮、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)を祀る辺津宮(へつぐう)の総称。上記3神を「宗像三女神」と呼ぶ。全国の宗像神社、厳島神社の総本社。この三宮と織幡神社鎮国寺をあわせて「宗像五社」と称する。境内は国指定史跡。沖津宮のある沖ノ島で出土した約8万点の祭祀遺物は国宝に指定。

出典:小学館
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

むなかたたいしゃ【宗像大社】
福岡県宗像郡玄海町田島の辺津宮(へつみや)(祭神は市杵島姫(いちきしまひめ)神),および同郡に属する二海島,すなわち大島の中津宮(湍津姫(たぎつひめ)神)と沖島(おきのしま)の沖津宮(田心姫(たごりひめ)神)の三宮を宗像大社という。祭神の三女神については古来異説があり一定しないが,天照(あまてらす)大神と素戔嗚(すさのお)尊の誓約(うけい)の際に生まれたと伝えられている。鎮座地が九州本土から朝鮮に至る海上交通の要衝に位置していたため,古くは海上交通者や漁業従事者などの信仰を受けていた。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

宗像大社
むなかたたいしゃ

福岡県宗像市田島に鎮座。田心姫神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)を祀(まつ)る。正確には、九州と朝鮮半島との間の玄界灘(げんかいなだ)の孤島・沖島(おきのしま)(沖ノ島)に鎮座する沖津宮に田心姫神を、海岸近くの大島に鎮座する中津宮に湍津姫神を、陸地の宗像市田島に鎮座する辺津宮(へつみや)に市杵島姫神を祀り、この三宮を総称して宗像大社という。この宗像三女神(宗像神)は天照大神(あまてらすおおみかみ)の誓約(うけい)により生(な)る神で、天孫降臨に先だち、「汝三神(いましみはしらのかみ)、宜(よろ)しく道中(みちのなか)に降居(くだりま)して、天孫(あめみまご)を助け奉(まつ)り、天孫に祭(いつ)かれよ」、すなわち三女神よ、九州北辺の地に下り、その地で皇室を助けるとともに、皇室より厚く祀られよ、との勅を受けたと『日本書紀』に記されている。また神功(じんぐう)皇后のいわゆる「三韓征伐」に霊威を現されたと伝承されて、古くより朝廷の厚い崇敬を受け、大化改新の国郡制の成立とともに宗像郡は神郡とされた。神主宗像氏が神郡の大領を兼ね、天武(てんむ)天皇の後宮にその宗像氏徳善(とくせん)の女(むすめ)、尼子娘(あまこのいらつめ)が入り、高市皇子(たけちのみこ)を出産するなど皇室との関係も深く、807年(大同2)に封戸(ふこ)74戸が寄せられ、840年(承和7)従(じゅ)五位下に叙されたあと位を進めて、859年(貞観1)正二位となる。延喜(えんぎ)の制で名神大社、979年(天元2)には大宮司職(しき)が太政(だいじょう)官より定められている。古く遷都ごとに賢所(かしこどころ)とともに当社の分霊が奉斎されたが、1954年(昭和29)以降の沖ノ島学術調査で、鏡、武器、工具、装身具など精巧を極めた祭祀(さいし)神宝5万余点が発見され、4、5世紀ごろの当社に対する深い崇敬が再確認された(出土品のほとんどは国宝と国の重要文化財に指定されている)。律令(りつりょう)体制崩壊後も多くの社領荘園(しょうえん)を有し、中世宗像大宮司は鎌倉御家人(ごけにん)として北九州で勢力を振るい、蒙古(もうこ)襲来のとき沿岸防備に活躍、のち戦国時代にも活動したが、1586年(天正14)氏貞(うじさだ)に継嗣(けいし)なく絶えた。以後筑前(ちくぜん)領主によりよく維持され、明治の制で官幣大社。例祭は、沖津宮、中津宮の神迎えを宗像七浦の漁船総出で行う海上神幸で知られる秋季大祭10月1~3日のほか、特殊神事が多い。なお、沖島は現在も一般人の渡航は原則として許されず、一木一草も島外に持ち出してはならぬ掟(おきて)があり、島内での忌みことばを当番神職はよく守り続けてきている。

[鎌田純一]

 2017年(平成29)、宗像大社の沖津宮(沖島)、中津宮、辺津宮などは「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の構成資産(全8件)の一部として、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産の文化遺産に登録された(世界文化遺産)。

[編集部 2017年7月19日]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

事典・日本の観光資源

宗像大社
(福岡県宗像市)
福岡県文化百選 名勝・景観編」指定の観光名所。

出典:日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

むなかた‐たいしゃ【宗像大社】
福岡県宗像市にある神社。旧官幣大社。沖ノ島・大島・田島に鎮座する沖津宮・中津宮・辺津宮の総称。祭神は宗像三女神といわれる田心(たごり)姫神・湍津(たぎつ)姫神・市杵(いちき)島姫神。創立年代は古く、沖ノ島からは古墳時代の祭祀遺物が多量に発見された。古代の海上交通の要所にまつられた神々で天照大神と素盞嗚尊(すさのおのみこと)との間に行なわれた誓約(うけい)で生まれたと伝えられ、天孫の守護と海上交通の神として皇室をはじめ広く崇敬されている。古くから宗像氏が世襲して奉斎。全国に分布する宗像神社の総本社。宗像神社。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

宗像大社」の用語解説はコトバンクが提供しています。

宗像大社の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation