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宮内卿【くないきょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

宮内卿
くないきょう
[生]?
[没]元久1(1204).11.10以後
鎌倉時代初期の女流歌人。父は右京権大夫源師光 (もろみつ) ,母は後白河院の女房安芸 (あき) という。歌才を認められて後鳥羽院に女房として出仕,『正治二年第二度百首』 (1200) ,『老若五十首歌合』 (01) ,『千五百番歌合』 (02) ,『春日社合』 (04) など院主催の宮廷和歌行事の多くに参加,『千五百番歌合』での秀歌「薄く濃き野辺の緑の若草にあとまで見ゆる雪のむら消え」により,「若草の宮内卿」と呼ばれた。苦吟し,20歳前後で夭折したと伝えられる。歌風巧緻で,理知的傾向が強く,抒情性には乏しい。『新古今集』に 15首入集。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

くない‐きょう【宮内卿】[人名]
[?~1204ころ]鎌倉初期の歌人源師光(みなもとのもろみつ)の娘。後鳥羽院女房。「千五百番歌合」に参加した歌から若草の宮内卿とよばれ、歌は新古今集以下の勅撰集に40首余り入集。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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くない‐きょう〔‐キヤウ〕【宮内×卿】
律令制における宮内省長官
明治初期の宮内省の長官。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

宮内卿 くないきょう
?-? 鎌倉時代の歌人。
源師光(もろみつ)の娘。後鳥羽(ごとば)院につかえ「千五百番歌合(うたあわせ)」などに参加。藤原俊成女(としなりの-むすめ)とともに才をうたわれ,「新古今和歌集」など勅撰(ちょくせん)集に43首はいっている。元久2年(1205)ごろ20歳前後で死去。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

くないきょう【宮内卿】

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

くないきょう【宮内卿】
宮内省の長官。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

くないきょう【宮内卿】
?~1204頃 鎌倉前期の女流歌人。源師光もろみつの女むすめ。後鳥羽院の女房。俊成女とともに後鳥羽院歌壇の二大女流歌人として活躍。新古今和歌集以下の勅撰集に四三首入集。一〇代で没。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

宮内卿
くないきょう
年未詳。鎌倉前期の歌人。1204、05年(元久1、2)ごろ20歳前後(22、23歳とも)で没したか。右京権大夫(ごんのだいぶ)源師光(もろみつ)(法名生蓮(しょうれん))の女(むすめ)、母は後白河院(ごしらかわいん)女房安芸(あき)で、宮内卿は絵師巨勢宗茂(こせむねもち)の外孫にあたる。泰光(やすみつ)、具親(ともちか)の妹。後鳥羽院(ごとばいん)に出仕。歌は『新古今集』に初出。『秋風集』『雲葉集』『閑月集』『夫木抄(ふぼくしょう)』等の私撰(しせん)集に入集する。「正治(しょうじ)二年後鳥羽院第二度百首」(1200)、「千五百番歌合(うたあわせ)」などに参加し、後鳥羽院歌壇で活躍した。俊成卿(しゅんぜいきょう)の女と並び称されたが、歌に身を入れるあまり健康を損ね早逝したと伝える。理知的、観念的な作風は女流にしては特色がある。「うすくこき野べのみどりの若草に跡までみゆる雪のむら消え」。「若草の宮内卿」の異名はこの歌によるという。[糸賀きみ江]
『神尾暢子編著『纂輯後鳥羽院宮内卿歌集稿』(1970・中央図書出版社・王朝叢書)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

くない‐きょう ‥キャウ【宮内卿】
[1] 〘名〙
① 令制の太政官八省のうちの宮内省の長官。天皇や王族に関する庶務を担当する。官位相当は正四位下。くないのつかさのかみ。
※続日本紀‐和銅元年(708)三月丙午「正四位下犬上王為宮内卿
② 明治初年から明治一八年(一八八五)まで、宮内大臣の称。
[2] 鎌倉初期の女流歌人。源師光の女(むすめ)。後鳥羽院女房。「千五百番歌合」に参加し、その歌から若草の宮内卿と呼ばれた。その歌才は俊成の女(むすめ)と並び称される。歌は「新古今集」以下の勅撰集に四〇首あまり収録。元久元年(一二〇四)頃、若死した。

出典:精選版 日本国語大辞典
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