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富士松節【フジマツブシ】

デジタル大辞泉

ふじまつ‐ぶし【富士松節】
新内節一派延享(1744~1748)のころ宮古路豊後掾(みやこじぶんごのじょう)の弟子宮古路加賀太夫が富士松薩摩を名のって創始。一時絶えたが、天保(1830~1844)末期鶴賀派の鶴賀加賀八太夫が富士松魯中(ろちゅう)を名のって再興富士松浄瑠璃と称した。現在十数派に分かれている。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
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大辞林 第三版

ふじまつぶし【富士松節】
浄瑠璃の流派の一。豊後節弾圧後、延享(1744~1748)の頃、宮古路豊後掾みやこじぶんごのじよう門下の加賀八が富士松薩摩と改名して開流。この芸系は鶴賀節を経て今日の新内節につながる。 → 鶴賀節新内節

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ふじまつ‐ぶし【富士松節】
〘名〙 浄瑠璃節の一派。延享二年(一七四五)宮古路豊後掾の門人加賀太夫が富士松薩摩と改名して独立、一派をなしたが、その曲節に変化は見られず、三代で中絶。鶴賀節・新内節はこれから分かれたが、天保(一八三〇‐四四)末期に、鶴賀派を追放された富士松魯中が、一中節の味を取り入れた渋い新内節を語り出し、これが富士松節と呼ばれた。明治期には新内節に包含。富士松。

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