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富本銭【ふほんせん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

富本銭
ふほんせん
天武天皇(在位 673~686)の時代に鋳造された,日本列島最古のものと考えられる銅銭古代の巨大工房遺跡である奈良県明日香村飛鳥池遺跡において,天武15(686)年の年号が記された木簡富本銭資料が同じ土層から見つかり,またその上の土層では僧道昭が創建した飛鳥寺東南禅院のための窯が 700年頃以前に操業されたことが判明した。これらのことから富本は,『日本書紀』天武12(683)年4月条に「今より以後,必ず銅銭を用いよ。銀銭を用いることなかれ」と記された際の銅銭に相当するものと考えられている。それは和同開珎の鋳造が始まった和銅1(708)年を四半世紀さかのぼる。富本銭の成分にはアンチモンが多く含まれ,初期の和同開珎の成分と共通している。ただし飛鳥池遺跡で発見された富本銭とは「富本」の字体が異なりアンチモンを含まない富本銭も知られている。「富本」とは中国古典にある「民を富ませる本は食貨にあり」に由来しており,天武朝の古代律令国家(→律令制)づくりの一環として貨幣鋳造が実行された可能性が高い。富本銭が流通貨幣として十分な量が生産されたかどうかは不明だが,飛鳥池遺跡の生産規模は小さくはないと推定されている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ふほん‐せん【富本銭】
日本で鋳造された銭貨の一。日本書紀天武天皇12年(683)に記載があり、和同開珎よりも古くからある銅銭とするもあるが、大量に流通していた証拠はない。富夲銭(ふとうせん)。

出典:小学館
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日本大百科全書(ニッポニカ)

富本銭
ふほんせん

7世紀後半に日本で鋳造された銅銭。和同開珎(わどうかいちん/わどうかいほう)に先行する鋳造貨幣と考えられる。円形銭の中央に方形の穴があいた円形方孔銭で、上下に「富」と「夲」の2文字、左右にそれぞれ七曜(しちよう)文を配す。富本銭は、長らく江戸時代につくられた縁起物の絵銭(えせん)の一種と考えられてきたが、1985年(昭和60)に平城京跡から江戸時代の絵銭とは型式の異なる富本銭が出土し、従来絵銭とされてきたものが、古代の富本銭を模鋳したものであることが判明した。さらに1998年(平成10)には、奈良県明日香(あすか)村に所在する飛鳥池遺跡の工房跡から、鋳張(いば)りのついた富本銭や鋳棹(いざお)が多数出土し、富本銭の鋳造場所が特定された。

 飛鳥池遺跡から出土した富本銭は、直径2.4センチメートル、重量4.5グラム前後で、初唐期の開元通宝(621年初鋳)の規格に近似し、開元通宝を模倣して鋳造したことがわかる。「富本」の2文字は、後漢の光武帝が、前漢の貨幣であった五銖銭(ごしゅせん)を再発行した際の故事に、「民(国)を富ましむる本は食貨にあり」という文言があることに由来(『芸文類聚(げいもんるいじゅう)』『晋書』)する。左右の七曜文は、陰陽と五行の調和のとれた状態を示す図象で、円形方孔銭が天円地方を象徴するという中国の伝統的思想に基づくものである。

 『日本書紀』には、天武12年(683)に、「今より以後、必ず銅銭を用いよ。銀銭を用いることなかれ」という詔(みことのり)があり、7世紀後半に銀銭と銅銭が存在した状況を物語るが、この銅銭が富本銭にあたる可能性が高い。また、この詔にみえる銀銭は、滋賀県崇福寺塔跡(668年創建、『扶桑略記(ふそうりゃっき)』による)などから出土している無文銀銭と考えられる。無文銀銭は、直径約3センチメートルの銀円板に銀小片を貼付(ちょうふ)するなどして、1両(42グラム)の4分の1にあたる6銖(しゅ)(約10グラム)に重量調整された定量貨幣で、富本銭発行以前に銀地金が貨幣的機能をもって流通していたことを示している。和同開珎と銀の交換比率を明示した養老5年(721)の詔では、和同銀銭4文が銀1両に相当すると規定されており、和同銀銭が無文銀銭の貨幣価値を継承したことがわかる。以上のことから、富本銭も、まじないなどの目的で製作された厭勝銭(ようしょうせん)ではなく、朝廷によって鋳造された実質的な価値をもつ貨幣であったと判断できる。しかし、富本銭に関しては、和同開珎発行時における蓄銭叙位法(ちくせんじょいのほう)(蓄銭叙位令ともいう)などの流通政策がみられないなどの問題もあり、その発行量や流通範囲の究明が今後の課題となっている。

[松村恵司]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社日本史事典 三訂版

富本銭
ふほんせん
日本最古と考えられる古代の銅銭
すでに1969年以降平城京跡や藤原京跡などで出土していたが,'97年に始まった奈良県高市郡明日香村の飛鳥池遺跡の本格的発掘調査の結果,'98年に数点出土した。調査続行の結果,約3300点もの富本銭の鋳型片が出土し,鋳造の年代が7世紀後半にさかのぼること,同遺跡で鋳造されたものであることが確認された。和同開珎よりも古い日本最古の貨幣で,『日本書紀』に683(天武12)年使用を命じたとある銅銭に相当する可能性が高まった。'98年に同遺跡から天武朝のものと見られる「天皇」と書かれた最古の木簡など,5000点以上の木簡が出土して注目された。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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