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察度【さっと】

日本大百科全書(ニッポニカ)

察度
さっと
(1321―1396)

沖縄の三山(さんざん)時代の小国家の一つ中山(ちゅうざん)の王。貧農奥間大親(おくまうふや)と天女(てんにょ)の間に生まれた子と伝えられ、神号を大真物(おおまもの)と称した。鉄製農具を普及させるなどの功により人心をつかみ、浦添按司(うらそえあんじ)となった。1350年、中山王の世子を廃して自ら中山王となり、新しい王統(察度王統)を開いた。72年、明(みん)の太祖洪武帝(こうぶてい)の招諭に応じて弟泰期(たいき)を遣わし、中国との間に初めて進貢関係を樹立した。この関係は以後500年余にわたって存続し、中国と沖縄(琉球(りゅうきゅう))の深い結び付きを促すこととなった。中国との間には外交・貿易策のほか、1392年には官生(かんしょう)(留学生)派遣制度も開始するなど関係強化に努めている。一方、南蛮(東南アジア)諸国との貿易や高麗(こうらい)およびその滅亡後に建国された李氏(りし)朝鮮との間にも貿易を展開している。中継貿易基地として発展する中山には、堺(さかい)・博多(はかた)・対馬(つしま)などの日本商船も来航した。これにより中山の勢力は他の小国家(山南(さんなん)、山北(さんほく))に比べて優位となったが、余勢を駆って統一国家を建設するには至らぬまま、1396年に没した。

[高良倉吉]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

さっ‐と【察度】
〘名〙 咎(とが)め。非難。
※浄瑠璃・摂津国長柄人柱(1727)一「ホホウ至極の察賞(サット)さこそさこそ」

出典:精選版 日本国語大辞典
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