@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

小式部内侍【こしきぶのないし】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

小式部内侍
こしきぶのないし
[生]?
[没]万寿2(1025).11.
平安時代中期の女流歌人。父は陸奥守道貞,母は和泉式部上東門院彰子に仕えた。藤原公成の子を生んでのち,まもなく母に先立って病死。『後拾遺集』以下の勅撰集に入集。「大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立」の歌は『小倉百人一首』にとられ,藤原定頼の問いにこの歌をもって答えた話は『俊頼髄脳』 (1115) をはじめ諸書にみえる。ほかにも多くの逸話が歌論書や説話集にみえ,のちには御伽草子小式部』などもできた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

こしきぶ‐の‐ないし【小式部内侍】
[?~1025]平安中期の女流歌人。父は橘道貞、母は和泉式部。母とともに上東門院彰子に仕えた。26、7歳で死去。歌は後拾遺集金葉集などに載る。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

小式部内侍 こしきぶの-ないし
?-1025 平安時代中期の歌人。
橘道貞(たちばなの-みちさだ)・和泉(いずみ)式部の娘。母とともに中宮彰子(上東門院)につかえる。宮中の歌会で藤原定頼に「丹後(京都府)にすむ母に代作をたのむ使いをやったか」と皮肉られたとき,即座に「大江山」の歌をよんで,やりこめた。藤原教通(のりみち)の子,ついで藤原公成(きんなり)の子を生んだ。「後拾遺和歌集」などに歌がある。万寿2年11月死去。
【格言など】大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天(あま)の橋立(「小倉百人一首」)

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

大辞林 第三版

こしきぶのないし【小式部内侍】
?~1025 平安中期の女流歌人。父は橘道貞、母は和泉式部。上東門院彰子に仕えた。歌合の詠者に選ばれた際、丹後の母のもとへはもう代作を頼んだかとからかわれ、「大江山いくのの道の遠ければまだふみもみず天の橋立」と答えて退けた話は有名。二六、七歳で夭折。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

小式部内侍
こしきぶのないし
(?―1025)

平安中期の女流歌人。陸奥守(むつのかみ)橘道貞(たちばなのみちさだ)の女(むすめ)。母は和泉(いずみ)式部。1009年(寛弘6)ころ母とともに上東門院彰子(じょうとうもんいんしょうし)に出仕、関白藤原教通(のりみち)やその異母兄頼宗(よりむね)などに愛され、18年(寛仁2)には教通の子(後の木幡(こわたの)僧正静円(じょうえん))を生んだ。ついで25年(万寿2)には滋の井(しげのい)の頭中将(とうのちゅうじょう)藤原公成(きんなり)の子を生み、そのために没した。享年は27、28歳か。ほかに、公成と結ばれる少し前、和歌六人党の一人、藤原範永(のりなが)との間にも女子をもうけたとも伝えられる。華やかな男性遍歴を伝える逸話のわりには、小式部の歌作は少なく、『後拾遺(ごしゅうい)集』以下の勅撰(ちょくせん)和歌集に、わずかに数首が残されているにすぎない。

[平田喜信]

 大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立

『森本元子「小式部内侍」(『国文学』所収・1959.3・学燈社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

こしきぶ‐の‐ないし【小式部内侍】
平安中期の歌人。橘道貞の娘。母は和泉式部。上東門院に仕え、のち藤原公成と結婚。歌合の歌人に選ばれたとき、藤原定頼に、丹後にいる母に知恵を借りたかとからかわれて、「大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立」の歌を返した逸話は有名。三才女の一人とされる。万寿二年(一〇二五)没。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典

小式部内侍
こしきぶのないし
歌舞伎・浄瑠璃の外題。
初演
寛文5.11(江戸・坂東又九郎座)

出典:日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

小式部内侍」の用語解説はコトバンクが提供しています。

小式部内侍の関連情報

関連キーワード

大鏡シュリービジャヤ藤原嬉子大鏡バシレイオス[2世]コンスタンチヌス8世バシリウス2世ボレスワフ1世(勇敢王)ビザンティン帝国大雨特別警報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation