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小御所【コゴショ】

デジタル大辞泉

こ‐ごしょ【小御所】
京都御所内の建物の一。紫宸殿(ししんでん)の東北にある。
㋐室町時代、将軍参内のとき、休息したり装束を改めたりするために設けられた所。
㋑江戸時代、天皇が幕府の使者、所司代、諸侯などを謁見した所。
鎌倉・室町時代、将軍の後嗣の住居。また、その後嗣。→大御所

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
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大辞林 第三版

こごしょ【小御所】
京都御所内の殿舎の一。紫宸殿(もと清涼殿)の東北にある書院造りの建物。室町時代には将軍参内の際の休息所、江戸時代には幕府の使者や所司代の謁見所、幕末には藩士・公卿の謀議所として用いられた。
鎌倉・室町時代、将軍の後嗣の居所。また、その後嗣。 → 大御所

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

小御所
こごしょ
天皇や上皇の殿舎の一つ。内裏(だいり)における紫宸殿(ししんでん)や清涼殿(せいりょうでん)などの正殿に対して内々の空間として設けられた建物。東宮(とうぐう)や女院(にょいん)などが同居したときの御所として、また、室町時代には東北隅に配置され、南北9間東西3間の母屋として定着し、将軍参内時の休息所となるなど外部と接触する場として用いられた。内裏以外にも上皇の御所や、鎌倉・室町幕府の将軍の御所、身分の高い僧侶の御所にも設けられ、ことに幕府では前将軍、または将軍の居所である大御所に対して、将軍世子の居所を小御所といった。1867年(慶応3)、京都御所内の小御所で開かれた公卿や諸藩の代表による御前会議は、将軍徳川慶喜の辞官納地を決定し、徳川幕府滅亡の端緒となった。[小林保夫]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

こ‐ごしょ【小御所】
〘名〙
① 本来の御所以外に造られた御所。
※中右記‐元永元年(1118)七月一〇日「今夕法王可御白川北新小御所也〈件御所は本御所之北大路北辺新被作〈略〉〉」
② 京都、皇居内の一殿。清涼殿の東北にあり、母屋は上中下段につくられた書院造り。幕府の使者や所司代との対面などに用いられた。前面に庭園があった。その創始は未詳。近年の御殿は昭和二九年(一九五四)焼失した。
※御湯殿上日記‐文明一八年(1486)三月二八日「小御所の御庭に山させらるる」
③ 天皇、院と同居したときに、東宮、皇后、女院などの御所となった建物をいう。
④ 室町時代、将軍参内のときの休息所。ごんごしょ。
※足利治乱記(室町末)上「道義公参内の御時は、禁中に御使宜所とて御休息の殿あり。是を禁中の上下、小御所とぞ申合る」
⑤ 中世、将軍家の世子の居所。また、その世子をいう。前征夷大将軍、また、将軍の居所の意の大御所(おおごしょ)に対していう。
※吾妻鏡‐文治五年(1189)正月九日「若君御方弓始也、射手十人、於小御所南面此儀

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