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小松帯刀【こまつたてわき】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

小松帯刀
こまつたてわき
[生]天保6(1835).10.10. 薩摩
[没]明治3(1870).7.10. 大阪
幕末における薩摩藩重臣。肝付 (きもつき) 兼善の3男,のち小松清猷の養子となる。通称は清廉。島津久光の側役となり,藩政改革に尽力し,人材の登用に努めた。文久2 (1862) 年 12月,同藩家老となる。慶応2 (66) 年に結成された薩長同盟には裏面で働いた。明治維新後新政府参与,総裁局顧問,次いで外国官副知事となった。

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デジタル大辞泉

こまつ‐たてわき〔‐たてはき〕【小松帯刀】
[1835~1870]幕末薩摩藩士。名は清廉島津久光側近となり、を代表して国事に従事薩長同盟締結、大政奉還尽力した。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

小松帯刀 こまつ-たてわき
1835-1870 幕末-明治時代の武士,官僚。
天保(てんぽう)6年10月14日生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩士。文久2年家老となり,大久保利通らと藩政改革推進。慶応2年(1866)西郷隆盛とともに,木戸孝允(たかよし)らとの間で薩長同盟をむすぶ。維新後は新政府の総裁局顧問などに就任,大久保らと版籍奉還も画策した。明治3年7月20日死去。36歳。本姓は肝付。名は清廉。幼名は尚五郎。

出典:講談社
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[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクション

こまつたてわき【小松帯刀】
鹿児島の芋焼酎。酒名は、幕末の薩摩藩家老で維新政府でも要職を務めた小松帯刀にちなみ命名。南さつま市川畑の地下水と黒麹を使用し、低温発酵で造った(もろみ)を常圧蒸留する。原料はコガネセンガン、米麹。アルコール度数25%。蔵元の「吹上焼酎」は明治29年(1896)創業。所在地は南さつま市加世田宮原。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

こまつたてわき【小松帯刀】
1835‐70(天保6‐明治3)
江戸末期の薩摩藩家老。諱(いみな)は清廉。大久保利通ら誠忠組の指導者となり,島津久光に随従して上京,公武の間を周旋し,1864年(元治1)の禁門の変の処理,66年(慶応2)の薩長同盟の締結,翌年の将軍徳川慶喜の大政奉還の勧奨など,つねに藩の代表者として活躍した。ついで藩主忠義を説いて倒幕出軍を実現し,さらに版籍奉還・藩政改革に当たったが,大阪で病没。【原口 虎雄】

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

こまつたてわき【小松帯刀】
1835~1870 幕末の志士。薩摩藩士。名は清廉。島津久光の藩政改革に参与。また、京都で討幕・大政奉還に尽力。西郷隆盛らとともに薩長同盟を結ぶ。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

小松帯刀
こまつたてわき
(1835―1870)
幕末の政治家。天保(てんぽう)6年10月14日、薩摩(さつま)藩門閥肝付(きもつき)氏の三子に生まれ、のち小松清猷の養子となり帯刀清廉と称す。1861年(文久1)島津久光(しまづひさみつ)の側詰で側役勤となり、1862年家老、薩摩藩公武合体運動を大久保利通(としみち)らと推進した。以後、京都を中心に幕府や諸藩との交渉に活躍、1866年(慶応2)西郷隆盛(たかもり)とともに長州藩士木戸孝允(たかよし)との間に薩長盟約を結んだ。1867年土佐、安芸(あき)藩代表とともに将軍徳川慶喜(よしのぶ)に対して大政奉還を進言し、その実現に寄与した。1868年(明治1)明治政府の参与、外国官副知事。1869年賞典禄1000石を賜ったが、翌明治3年7月20日大阪で病没した。[毛利敏彦]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

こまつ‐たてわき【小松帯刀】
幕末維新期の薩摩藩の家老。本姓肝付(きもつき)。名は清廉。藩政に参与し、のち京都に上って倒幕、大政奉還に尽くし、西郷隆盛らとともに薩長同盟を結ぶ。維新後、徴士参与職総裁局顧問・玄蕃頭。天保六~明治三年(一八三五‐七〇

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

小松帯刀
こまつたてわき
1835〜70
幕末の薩摩藩士
1861年の藩政改革に際し島津久光を助け大久保利通ら下級武士を登用。京都にあって岩倉具視らと討幕を画策し,大久保・西郷隆盛らと討幕派公卿・諸藩の間を周旋奔走した。明治新政府に重用されたが間もなく病死した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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