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小谷城跡【おだにじょうあと】

国指定史跡ガイド

おだにじょうあと【小谷城跡】

滋賀県長浜市湖北町にある城跡。市街地の西方、標高約495mの小谷山にあり、東西の尾根伝いに階段状に曲輪(くるわ)が配され、本丸・大広間跡などから礎石が出土している。主郭部中央には本丸と大堀切りを挟んだ中丸があり、これらを守る形で武家屋敷跡が点在し、主郭の最先端には御茶屋、御馬屋跡などの曲輪、中丸の奥には京極丸・小丸・山王丸と続く。本丸には2層の天守が建っていた。1525年(大永5)ごろ、京極家の実権を掌握した浅井亮政(あざいすけまさ)が築城し、久政(ひさまさ)を経て、織田信長と戦って長政(ながまさ)が敗れる1573年(天正1)まで、浅井氏が居城とした。1570年(元亀1)には城から約7kmほど南の姉川で、浅井・朝倉義景連合軍と織田信長・徳川家康連合軍が戦い、織田軍が勝利したが、信長は城の防備の堅固さから城攻めを断念した。そして1573年(天正1)、小谷城の京極丸を羽柴秀吉軍が陥落させて本丸に迫り、本丸を守っていた長政は本丸近くの赤尾屋敷で自刃し、浅井氏は滅亡した。浅井氏の旧領のうち、伊香・東浅井・坂田3郡は秀吉に与えられたが、秀吉は小谷城が琵琶湖から離れていることから、新たに長浜城を築城し、小谷城の天守などは長浜城に移された。1937年(昭和12)に国指定の史跡になった。城跡の武家屋敷跡に小谷城戦国歴史資料館があり、出土品などが展示されている。JR北陸本線河毛(かわけ)駅からコミュニティバス「小谷城址口」下車、徒歩約40分。

出典:講談社
(C)Kodansha 2013.
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