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尼崎城【あまがさきじょう】

日本の城がわかる事典

あまがさきじょう【尼崎城】
兵庫県尼崎市北城内にあった平城(ひらじろ)。江戸時代に畿内防備のために築城された城の一つ。1617年(元和3)、譜代の武将戸田氏鉄(うじかね)が近江(滋賀)の膳所城(ぜぜじょう)から5万石で入封した。戸田氏鉄は築城の巧者といわれ、幕府から畿内防備の一環として築城を命じられ、翌年尼崎城を築いた。尼崎城は4層の天守を持つ本丸を中心に、二の丸・松の丸・西三の丸・東三の丸をらせん状に配置した近世城郭であった。戸田氏の後は青山氏4代、桜井松平氏7代と続き、明治にいたる。現在、本丸跡は市立明城(めいじょう)小学校(旧城内小学校)と市立成良(せいりょう)中学校(旧城内中学校)の敷地になっている。小学校の正門横に、天守閣や隅櫓(すみやぐら)のミニチュア模型が設置されている。阪神電鉄本線尼崎駅から徒歩5分。

出典:講談社
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朝日新聞掲載「キーワード」

尼崎城
大坂夏の陣後、江戸幕府大坂の西の守りとするため、1617年に譜代大名戸田氏鉄(うじかね)に築城を命じた。数年後に平城が完成。その後、青山家、松平家が尼崎藩主を務めた。明治6(1873)年の廃城令後、建物は解体本丸御殿の「金の間」は尼崎市内の松平家の菩提(ぼだい)寺に移築されたが、戦災で焼失した。平成の新天守は江戸期とは場所などが異なる。御殿は再建されていない。
(2019-01-04 朝日新聞 朝刊 神戸・1地方)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

世界大百科事典 第2版

あまがさきじょう【尼崎城】

出典:株式会社平凡社
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