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居延漢簡【きょえんかんかん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

居延漢簡
きょえんかんかん
Ju-yan Han-jian
中国の居延地方 (内モンゴル自治区) で発見された代の木簡。 1930~31年にかけて S.ヘディン団長とする西北科学考査団エチナ川の流域で約1万片に及ぶ木簡を発見した。この付近は漢の武帝の末年から,後漢の初めにいたる約1世紀の間に,辺境防備のためにおかれたや見張台の跡で,そこから発見された兵籍,財産,法令などの帳簿類から,手紙などの私文書をも含む木簡は,当時の辺境警備の様子や社会状況を知るうえに貴重。

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世界大百科事典 第2版

きょえんかんかん【居延漢簡】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

居延漢簡
きょえんかんかん

中国、甘粛(かんしゅく/カンスー)省北部のエチナ川下流域で発見された漢代の文書。長さ23センチメートル(漢代の1尺)ほどの木の札(ふだ)(牘(とく)、木簡(もっかん))に墨書(ぼくしょ)されている。この地域は、漢代の張掖(ちょうえき)郡居延県にあたり、前漢武帝期から後漢(ごかん)初期における対匈奴(きょうど)戦の前線基地であったため、文書の内容は、多くは基地の経営に関する公文書類である。居延簡には2種類ある。第一は、1930年、スウェン・ヘディンを団長とする西北科学考査団の支隊が採集した約1万点。現物は日中戦争の混乱により所在不明となり、写真版のみが残る。最近、出土地点を記録した当時のノートが北京(ペキン)で発見され、再整理が可能となった。第二は、1972~76年に甘粛省居延考古隊によって改めて発掘調査された際に得られた約2万点。量・質ともに第一のものを上回り、研究が急がれている。

[尾形 勇]

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精選版 日本国語大辞典

きょえん‐かんかん【居延漢簡】
中国の居延付近で発掘された牘(とく)や木簡に、漢代の隷書体で書かれた数多くの文書。

出典:精選版 日本国語大辞典
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