@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

山上の垂訓【さんじょうのすいくん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

山上の垂訓
さんじょうのすいくん
Sermon on the Mount
マタイによる福音書』5章3から7章 27までに記されているイエス山上での説教。『ルカによる福音書』6章 17に現れる「平地の説教」との類似から,両福音書の編者共通の資料を有していたこと,山上の垂訓がイエスの説教の集成であることがわかる。旧約聖書律法預言を廃するためではなく成就するために来たものとしてイエスが説いた中心テーマは,神の国のについてであった。ここでイエスはまず祝福を与え,次いで「地の塩」「世の光」としての弟子の道を説き,彼らの義が律法学者やパリサイ人の義にまさるべきであるとして,旧約聖書の6つの戒めに再解釈を施しそれを徹底化し,真の義,真の敬虔について教えている。衣,食,,健康などについての一切の人間的な思いわずらいを捨て,「まず神の国と神の義とを求めなさい」とすすめるイエスの言葉は,「狭いからはいれ」との言葉どおり,きわめて厳格な要求であった。この説教をイエスの福音との関係においてどう解釈するかは,キリスト教各派ないし時代によって相違があり,神学上の問題となっている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

さんじょう‐の‐すいくん〔サンジヤウ‐〕【山上の垂訓】
キリストガリラヤ湖畔の山上で行った説教。新約聖書マタイによる福音書」第5章から第7章に記されている。山上の説教。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

さんじょうのすいくん【山上の垂訓 Sermon on the Mount】
〈山上の説教〉ともいう。《マタイによる福音書》5~7章の通称で,この部分は5章1節と8章1節の状況説明によって,〈山上で〉語られたイエスの説教とされているためこう呼ばれる。この場合,〈山〉は当時のユダヤ教においては,旧約聖書が伝えるシナイ山での律法授与のできごと(《出エジプト記》19章以下)以来,神からの啓示と律法が与えられる聖なる場所と考えられていた。したがって,〈山上の垂訓〉は史的事実というより,象徴的意味のもので,後80‐90年ころに福音書を著した人物マタイが,自分の読であるキリスト教徒の共同体に向かって,旧約律法に代わり,その義に勝るべき新しい秩序(キリスト教的律法)を提示しようとしたものである。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

山上の垂訓
さんじょうのすいくん

「マタイ伝福音(ふくいん)書」の第5章から第7章までに記されているイエスの説教。「山」に登り、そこから語りかけるという状況設定があるため、この名称が生まれた。「ルカ伝福音書」第6章20~49節にも、これとよく似たイエスの説教があるが、語られた場所は「平地」になっている。二つの福音書にみられるこのような変化は、おのおのの福音書記者が共通の資料を用いながら、自らの考えに基づいて編集作業を行ったことを示す。

 山上の垂訓は、平地の垂訓よりもはるかに長く、「マタイ伝福音書」全体の構成において重要な位置を占める。説教の内容は、「地の塩・世の光」「主の祈り」「空の鳥・野の花」「豚に真珠」「求めよ、さらば与えられん」「狭き門」など、一般によく知られた主題や句を含んでおり、文化の諸領域に大きな影響を与えてきた。ここではユダヤ教の倫理が批判されているが、最終的には、それは決して廃棄されるわけではなく、むしろ徹底化される。イエスの意図は、人間が道徳的理想を達成しうるかのように考える楽観主義を超えて、神の要求の徹底的性格を明らかにすることにあった。

[土屋 博]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

山上の垂訓
さんじょうのすいくん

「マタイ伝福音書」(日本聖書協会)より
  ………第五章………
3 こころの貧しい人たちは、さいわいである、
  天国は彼らのものである。

4 悲しんでいる人たちは、さいわいである、
  彼らは慰められるであろう。

5 柔和な人たちは、さいわいである、
  彼らは地を受けつぐであろう。

6 義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、
  彼らは飽き足りるようになるであろう。

7 あわれみ深い人たちは、さいわいである、
  彼らはあわれみを受けるであろう。

8 心の清い人たちは、さいわいである、
  彼らは神を見るであろう。

9 平和をつくり出す人たちは、さいわいである、
  彼らは神の子と呼ばれるであろう。

10 義のために迫害されてきた人たちは、
 さいわいである。

  天国は彼らのものである。

  ………第七章………
7 求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。

8 すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。

  ………………………
13 狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。

14 命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

さんじょう【山上】 の=垂訓(すいくん)[=説教(せっきょう)
イエス‐キリストが、山の上で、群集を前にして、弟子たちに行なった説教をいう。
※茗荷畠(1907)〈真山青果〉七「開けたのは馬太伝(マタイデン)の六章、有名な山上の垂訓である」

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

山上の垂訓」の用語解説はコトバンクが提供しています。

山上の垂訓の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation