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山岡鉄舟【やまおか てっしゅう】

美術人名辞典

山岡鉄舟
幕末・明治の剣術家・政治家。江戸生。名は高歩、通称は鉄太郎。千葉周作の門に入り、のち無刀流を開く。また槍術山岡静山に学び、その妹と結婚。山岡家を継ぐ。義兄高橋泥舟らと江戸治安維持にあたる。維新後は静岡県権大参事・茨城県参事等を歴任幕末三舟の一人。明治21年(1888)歿、53才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

やまおか‐てっしゅう〔やまをかテツシウ〕【山岡鉄舟】
[1836~1888]江戸末期から明治の剣術家・政治家。江戸の人。通称、鉄太郎。旧幕臣無刀流剣術の流祖戊辰(ぼしん)戦争の際、勝海舟使者として西郷隆盛を説き、西郷・勝の会談を実現させて江戸城無血開城を導いた。明治維新後、明治天皇侍従などを歴任。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

山岡鉄舟 やまおか-てっしゅう
1836-1888 幕末-明治時代の剣術家,官僚。
天保(てんぽう)7年6月10日生まれ。山岡静山の妹と結婚,静山の跡をつぐ。剣を千葉周作の門にまなび,幕府講武所でおしえる。戊辰(ぼしん)戦争では勝海舟の使者として西郷隆盛にあい,江戸開城のための勝-西郷会談の道をひらく。維新後は静岡藩権大参事,茨城県参事,明治天皇の侍従などを歴任。明治13年一刀正伝無刀流をたてる。海舟,高橋泥舟とともに幕末三舟と称された。明治21年7月19日死去。53歳。江戸出身。本姓は小野。名は高歩(たかゆき)。字(あざな)は曠野,猛虎。通称は鉄太郎。別号に一楽斎。
【格言など】臨機応変の妙用は,無念無想の底より来る(西郷隆盛との会見についての述懐)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

やまおかてっしゅう【山岡鉄舟】
1836‐88(天保7‐明治21)
幕臣でその後明治天皇の侍従。一刀正伝無刀流剣術の開祖(無刀流)。旧姓小野,諱(いみな)は高歩(たかゆき),通称は鉄太郎,鉄舟は号。江戸本所大河端に生まれる。父は600石の旗本小野朝右衛門。10歳のとき飛驒の郡代となった父とともに飛驒高山に行き,17歳までそこで過ごした。その間,儒学,書,剣を学び成長した。若くして両親をなくした鉄舟は,苦労しながら幼弟5人を養育し,1855年(安政2)20歳で槍術の師山岡静山の家名を継ぐことになり,静山の妹英子(ふさこ)と結婚した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

やまおかてっしゅう【山岡鉄舟】
1836~1888) 幕末・明治の政治家・剣術家。江戸の人。通称、鉄太郎。千葉周作の門人、無刀流を創始。戊辰戦争の時、勝海舟の使者として、勝と西郷隆盛の会談を周旋、江戸開城に尽力。維新後、明治天皇の侍従。

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

山岡鉄舟
やまおかてっしゅう
[生]天保7(1836).6.10. 江戸
[没]1888.7.19. 東京
江戸時代末期の幕臣。通称は鉄太郎。刀槍に長じ,無刀流を編出して春風館道場を設立。講武所剣術世話役,浪士取締役をつとめた。慶応4 (1868) 年3月江戸開城に際しては,勝安房 (海舟) の使者として駿府の大総督府におもむき,東征軍参謀西郷隆盛と会見,徳川家存続に尽力した。明治2 (69) 年静岡県権大参事として旧幕臣の処遇斡旋に努め,次いで茨城県参事,伊万里県知事を歴任。のち明治天皇の侍従,宮内少輔。 1886年子爵,勲二等に叙せられた。禅機に達した人生観は剣の名声と相まって,剛毅武人型の模範として後世に名高い。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

山岡鉄舟
やまおかてっしゅう
(1836―1888)
幕末・明治前期の剣客、政治家。名は高歩(たかゆき)、通称鉄太郎、鉄舟は号。天保(てんぽう)7年6月10日旗本小野朝右衛門の長男として生まれ、1855年(安政2)槍(やり)の師である山岡家を継いだ。また千葉周作に剣を学び、のち無刀流を案出し春風館を開き門弟を教えた。1856年講武所剣術世話役。1862年(文久2)幕府が募集した浪士隊の取締役となる。1868年(慶応4)3月戊辰戦争(ぼしんせんそう)の際、勝海舟(かつかいしゅう)の使者として駿府(すんぷ)に行き、西郷隆盛(さいごうたかもり)と会見して、江戸開城についての勝・西郷会談の道を開いた。1869年(明治2)9月静岡藩権大参事(ごんだいさんじ)、1871年茨城県参事を経て、1872年6月侍従に就任。ついで宮内少丞(しょうじょう)・大丞と進み、1881年宮内少輔(しょうゆう)となった。子爵。書は一楽斎と号して有名である。勝海舟、高橋泥舟(たかはしでいしゅう)とともに幕末三舟と称せられる。明治21年7月19日没。墓は東京谷中の全生庵(ぜんしょうあん)にある。[佐々木克]
『小島英熙著『山岡鉄舟』(2002・日本経済新聞出版社) ▽大森曹玄著『山岡鉄舟』新版(2008・春秋社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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