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岡本綺堂【おかもと きどう】

美術人名辞典

岡本綺堂
劇作家・劇評家。東京生。本名敬二、初号は狂綺堂、別号甲字楼主人。『修禅寺物語』が出世作となる。主として市川左団次のために脚本を書く。大衆小説半七捕物帳』は有名。芸術院会員。昭和14年(1939)歿、68才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

おかもと‐きどう〔をかもとキダウ〕【岡本綺堂】
[1872~1939]劇作家小説家。東京の生まれ。本名、敬二。2世市川左団次提携新歌舞伎劇作家として活躍した。戯曲修禅寺物語」「鳥辺山心中」、小説「半七捕物帳」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

岡本綺堂 おかもと-きどう
1872-1939 明治-昭和時代前期の劇作家,小説家。
明治5年10月15日生まれ。23年「東京日日新聞」に入社。以後各紙で劇評をかく。44年の戯曲「修禅寺物語」が出世作となり,2代市川左団次と提携した「鳥辺山心中」「番町皿屋敷」などおおくの歌舞伎作品をうんだ。小説では「半七捕物帳」が知られる。昭和12年芸術院会員。昭和14年3月1日死去。68歳。東京出身。府立第一中学卒。本名は敬二。別号に狂綺堂,甲字楼主人。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

おかもときどう【岡本綺堂】
1872‐1939(明治5‐昭和14)
劇作家,小説家,劇評家。本名敬二。別号狂綺堂,甲字楼主人。東京高輪に生まれた。東京府立一中時代から劇作に志し,1890年東京日日新聞入社,93年中央新聞社会部長となり,劇評も担当。1913年まで記者生活を続けた。処女作《紫宸殿》(1896)の後,1902年1月岡鬼太郎と合作の《金鯱噂高浪(こがねのしやちうわさのたかなみ)》が歌舞伎座に上演された。その後文士劇若葉会に自作を上演したが,08年9月2世市川左団次に《維新前後》を書き,11年5月の《修禅寺物語》の好評によって,両者の提携になる〈新歌舞伎〉の路線が定着した。

出典:株式会社平凡社
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

岡本綺堂
おかもときどう
[生]明治5(1872).10.15. 東京
[没]1939.3.1. 東京
劇作家,小説家。本名,敬二。 1889年東京府立一中学校卒業。劇作家を志して,東京日日新聞社を手始めに新聞社を転々,戯曲,劇評などを書いた。『金鯱噂高浪 (きんのしゃちうわさのたかなみ) 』を岡鬼太郎と合作,歌舞伎座で上演 (1902) したのが自作上演の初め。 1908年『維新前後』が明治座で2世市川左団次によって上演され,11年『修禅寺物語』が好評を博してから,主として左団次のために作品を提供,「新歌舞伎」のジャンルを確立した。『室町御所』 (13) ,『鳥辺山心中』 (15) ,『番町皿屋敷』 (16) ,『相馬の金さん』 (27) など 200に近い戯曲を残した。また江戸市井の生活に関する造詣が深く,16年から『半七捕物帳』で推理小説の新しい領域を開いたのをはじめ,多くの小説を書いた。すぐれた劇談,随筆も多い。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

岡本綺堂
おかもときどう
(1872―1939)

劇作家、小説家。本名敬二。別号狂綺堂、甲字楼主人。明治5年10月15日、東京、芝高輪(しばたかなわ)に生まれる。父敬之助はもと120石取の御家人(ごけにん)で、のちイギリス大使館勤務。東京府立一中卒業後、1890年(明治23)東京日日新聞社に入社。以後各社を転々としつつ劇評を執筆、また劇作に励んだ。1902年(明治35)1月歌舞伎座(かぶきざ)での岡鬼太郎(おにたろう)との合作『黄金鯱噂高浪(きんのしゃちほこうわさのたかなみ)』が自作上演の最初。ついで1908年7月、川上音二郎の革新興行で、2世市川左団次のために『維新前後』を書いて両者の提携が生まれ、1911年5月明治座上演の『修禅寺(しゅぜんじ)物語』が成功して、新歌舞伎作者としての出世作となった。1913年(大正2)から記者生活を離れ、作者活動に専念、主として左団次のために『室町御所』『佐々木高綱』『鳥辺山(とりべやま)心中』『番町皿屋敷』『尾上伊太八(おのえいだはち)』等を次々と発表、また1916年からは『半七捕物帳』(68編)を起稿して捕物帳の先駆をなした。

 1919年2月欧米劇壇を視察、1923年関東大震災後居所を転々、その間に『梅の由兵衛(よしべえ)』『権三(ごんざ)と助十(すけじゅう)』『新宿夜話』のほか、『三浦老人昔話』等を発表、昭和期に『三河万歳』『正雪(しょうせつ)の二代目』『相馬の金さん』『おさだの仇討(あだうち)』等があり、以前の主題を強調した歴史物から世話物や喜劇に転じ、詩情をたたえた枯淡の味をみせた。1930年(昭和5)月刊戯曲雑誌『舞台』を創刊し、後進の指導と作品発表の場をつくった。1937年帝国芸術院会員。昭和14年3月1日没。

[菊池 明]

『『岡本綺堂戯曲選集』全8巻(1958~59・青蛙房)』『岡本経一著『綺堂年代記』(1951・同光社)』『岸井良衛編『岡本綺堂江戸に就ての話』(1955・青蛙房)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

おかもと‐きどう【岡本綺堂】
劇作家、小説家。東京出身。本名敬二。二代目市川左団次の歌舞伎革新運動に加わり、新歌舞伎「修禅寺物語」「鳥辺山心中」「番町皿屋敷」「権三と助十」などを発表。また「半七捕物帳」などの大衆小説もある。明治五~昭和一四年(一八七二‐一九三九

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旺文社日本史事典 三訂版

岡本綺堂
おかもときどう
1872〜1939
明治〜昭和期の劇作家
本名敬二。東京の生まれ。新聞記者として劇評を書くかたわら脚本を執筆。2代目市川左団次のために『修禅寺物語』『番町皿屋敷』など多くの戯曲を書き,新歌舞伎運動の代表的劇作家となる。晩年は『半七捕物帳』など,多くの小説・読物を発表した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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