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岸田国士【きしだ くにお】

美術人名辞典

岸田国士
劇作家・小説家陸軍幼年学校を経て士官学校を卒業。軍務についたが文学に傾倒するあまり休職願を出して、東大仏文科選科に入学。渡仏して本格的に演劇の勉強を積んだが、父の死去にて帰国。戯曲は六十編をこえ、「紙風船」「葉桜」等すぐれた作品がある。福田恒存、三島由紀夫らと「文学の立体化運動」を目指して「雲の会」を結成。芸術院会員。『岸田国士全集』がある。昭和29年(1954)歿、63才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

きしだ‐くにお〔‐くにを〕【岸田国士】
[1890~1954]劇作家・小説家。東京の生まれ。フランスで演劇を研究。演出家評論家として日本の新劇運動を指導。文学座創立者の一人。戯曲「チロルの秋」「紙風船」「牛山ホテル」、小説「由利旗江」「暖流」など。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

岸田国士 きしだ-くにお
1890-1954 大正-昭和時代の劇作家,小説家。
明治23年11月2日生まれ。岸田衿子(えりこ)・岸田今日子の父。フランスで近代演劇を研究して帰国。戯曲「古い玩具」「牛山ホテル」などで注目される。昭和12年久保田万太郎らと文学座を創設。25年文学立体化運動をとなえ,雲の会を結成した。芸術院会員。昭和29年3月5日死去。63歳。東京出身。陸軍士官学校卒。小説に「暖流」,訳書ルナールにんじん」。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

きしだくにお【岸田国士】
1890‐1954(明治23‐昭和29)
劇作家,小説家,評論家。東京生れ。父庄蔵が軍人であったため幼年学校から士官学校を出て少尉任官,1914年軍職を捨て,16年東大仏文科選科に入学した。20年よりパリ留学,ビユー・コロンビエ座のJ.コポーのもとで演劇を学んだ。23年帰国,翌年戯曲《古い玩具》でデビュー,つづいて《チロルの秋》(1924),《ぶらんこ》《紙風船》(ともに1925)を発表して一躍劇界寵児となり,以後10年間に《牛山ホテル》はじめ50余編の戯曲を書いた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

きしだくにお【岸田国士】
1890~1954) 劇作家・小説家。東京生まれ。陸士卒。のち、東大仏文科で学ぶ。フランスで演劇を研究し、日本の現代戯曲と演劇理論の基礎を樹立。代表作、戯曲「牛山ホテル」「歳月」、小説「由利旗江」「暖流」など。

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

岸田国士
きしだくにお
[生]1890.11.2. 東京
[没]1954.3.5. 東京
劇作家,評論家,小説家。陸軍士官学校卒業 (1912) 後,東京大学仏文選科に入り,渡仏して (19) J.コポーのビュー=コロンビエ座で演劇研究に没頭。帰国の翌年 (24) には『古い玩具』『チロルの秋』を発表して日本の新劇界に新風を巻起した。並行して戯曲の価値や演劇における文学性を重視した演劇理論を確立。雑誌『劇作』を中心に後進の指導にあたった。 1932年発足の築地座を岩田豊雄とともに指導,37年には岩田,久保田万太郎と文学座を結成して芸術派新劇の中心的存在に育てた。小説家としても『由利旗江』 (29) ,『暖流』 (38) などの新聞小説で活躍。 40~42年,大政翼賛会の発足と同時に文化部長。そのため第2次世界大戦後公職追放となる。 50年,福田恆存や三島由紀夫らと文学立体化運動を提唱し「雲の会」を結成した。 53年日本芸術院会員。没後,岸田演劇賞 (現岸田国士戯曲賞 ) が設けられた。次女の今日子は女優として活躍。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

岸田国士
きしだくにお
(1890―1954)
劇作家、演出家、小説家。明治23年11月2日東京・四谷(よつや)に生まれる。父と同じ軍人を志し、陸軍士官学校に進んだが、文学に親しみ、軍隊生活に反発し、退役して東京帝国大学仏文科に学ぶ。演劇研究のために渡仏、コポーの影響を受けて1923年(大正12)に帰国。翌年、パリで書いた戯曲『古い玩具(がんぐ)』を発表して文壇に登場したが、彼の関心事は、在来の新劇運動を批判し、フランスで学んだ演劇観を日本の土壌に移植することにあった。なによりもまず、語られることばの魅力、それによる「人間の魂の微妙な旋律」に演劇の本質的な魅力があることを主張して、『チロルの秋』(1924)や『紙風船』(1925)などの戯曲を発表した。その犀利(さいり)で繊細なニュアンスの会話は注目された。『牛山ホテル』(1929)、『沢氏の二人娘』(1935)はその集大成である。一時、戯曲の執筆を中断し、新聞小説『由利旗江(ゆりはたえ)』(1929~30)、『暖流』(1938)などを書く。この間、私淑するルナールの『にんじん』をはじめ、近代フランス戯曲の翻訳も多い。
 1932年(昭和7)友田恭助(きょうすけ)・田村秋子の築地(つきじ)座の指導、同年『劇作』を創刊。37年に久保田万太郎、岩田豊雄(とよお)とともに文学座を創設。第二次世界大戦中には大政翼賛会文化部長に就任。戦後は『椎茸(しいたけ)と雄弁』『道遠からん』(ともに1950)などの社会風刺喜劇を書くとともに、芸術家集団「雲の会」を結成、幅広い演劇運動を展開しようとした。53年、芸術院会員となったが、翌54年(昭和29)3月4日文学座公演『どん底』の演出中急逝。新劇運動にあって、いわゆる「芸術派」の理論的指導者としての功績は大で、それをしのんで新潮社が「岸田演劇賞」を創設、第8回から白水社に移って「岸田戯曲賞」となり、新人劇作家の登竜門となっている。長女は詩人岸田衿子(えりこ)、次女は女優岸田今日子(きょうこ)[加藤新吉]
『『岸田国士全集』全10巻(1954・新潮社) ▽渡辺一民著『岸田国士論』(1982・岩波書店)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

きしだ‐くにお【岸田国士】
劇作家、小説家、演出家。東京出身。陸軍士官学校・東京帝大仏文科選科卒。フランスで演劇を研究。帰国後、築地座、文学座に拠って新劇運動を指導。戯曲、小説のほか、評論、翻訳の筆もとる。明治大学教授、日本芸術院会員。代表作に、戯曲「チロルの秋」「紙風船」「牛山ホテル」「速水女塾」、小説「由利旗江」「暖流」、翻訳「ルナアル日記」など。明治二三~昭和二九年(一八九〇‐一九五四

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