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島津重豪【しまづ しげひで】

美術人名辞典

島津重豪
江戸後期大名薩摩藩第九代、島津家二十五代当主。従三位、左近衛中将薩摩守、上総介。父は重年。幼名は久方・忠洪、号は栄翁。将軍家斉の岳父となる。「南山俗語考」「島津国史」等の編纂造士館・明時館等の設立など文化事業を興し、商業政策にも積極的に取り組んだ。蘭学を学びシーボルト等とも親交があった。天保4年(1833)歿、89才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

しまづ‐しげひで【島津重豪】
[1745~1833]江戸後期の薩摩藩主。藩校や医学院の創設など文化事業を推進。債務解消のため調所広郷(ずしょひろさと)を登用して財政改革を図った。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

島津重豪 しまづ-しげひで
1745-1833 江戸時代中期-後期の大名。
延享2年11月7日生まれ。島津重年の長男。宝暦5年11歳で薩摩(さつま)鹿児島藩主島津家8代となる。蘭学や本草学をこのみ,藩校造士館,医学院などを創設。3女茂姫(広大院)が将軍徳川家斉(いえなり)の正室となり,幕府内で重視される。天明7年隠居し,斉宣(なりのぶ)に家督をゆずったが,孫の斉興(なりおき)の代まで藩政の実権をにぎった。天保(てんぽう)4年1月15日死去。89歳。初名は久方,忠洪(ただひろ)。通称は兵庫,又三郎。号は南山,栄翁。著作に「成形図説」「南山俗語考」など。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

しまづしげひで【島津重豪】
1745‐1833(延享2‐天保4)
江戸後期の薩摩藩主。1755年(宝暦5)襲封。蘭学を好みオランダ商館長らと親しく,積極開化政策を進め,73年(安永2)藩学造士館・演武館,翌年医学館,79年明時館を設け,薩摩暦を発行。また《成形図説》《質問本草》《琉球産物志》等を編纂。息女茂姫は11代将軍徳川家斉夫人。彼は高輪下馬(たかなわげば)と称される豪奢な生活をし,藩財政は危機に陥ったが,近思録崩れの後,調所広郷(ずしよひろさと)を用いて打開した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しまづしげひで【島津重豪】
1745~1833 江戸後期の薩摩藩主。開化・文教政策に意を用い、造士館・医学院などを造営。豪華な生活ぶりは有名で、藩の財政を脅かした。晩年、調所広郷ずしよひろさとを用いて財政再建を図った。

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

島津重豪
しまづしげひで
[生]延享2(1745).11. 鹿児島
[没]天保4(1833).2.2. 江戸
江戸時代後期の薩摩藩主。父は重年,母は島津備前守貴儔の娘。初名は久方,次いで忠洪,幼名は善次郎。号は栄翁。宝暦5 (1755) 年藩主となる。薩摩の文化発展に寄与するとともに,政治的にも藩政,幕政に大きな影響を与えた。文化面では,『南山俗語考』を著わし,藩学を興すために安永2 (73) 年造士館,演武館を,翌年医学院を創立。みずからオランダ語を学び,江戸参勤の帰途長崎のオランダ商館に立寄って商館長 H.ドゥフや医官 P.シーボルトとも親交を結び,薬物を研究して江戸に薬草園を開いた。政治面では,娘茂子が将軍徳川家斉の御台所であったため,これをはばかって天明7 (87) 年 43歳のとき,子斉宣に家督を譲ったが,藩政上はかなり積極的な政策を次々と打出した。しかし,みずからの華美好みと相まって藩財政は破綻をきたし,斉宣も重豪の政策に公然と批判を加えるようになった。文化5 (1808) 年樺山主税,秩父太郎らが登用されて藩政改革が行われたが,重豪は改革の担当者を江戸に呼んで厳重に処罰し,斉宣を隠居させ,斉興に家督を継がせて後見した。しかし江戸藩邸の火災や天明の大飢饉などが続き,ついに調所広郷 (ずしょひろさと) を登用して藩財政の立直しをはかったがまもなく没した。なお,その次男昌高は中津奥平氏,12男斉溥は福岡黒田氏,13男信順 (のぶより) は八戸南部氏を継いだ。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

島津重豪
しまづしげひで
(1745―1833)
江戸後期の薩摩(さつま)藩主。延享(えんきょう)2年11月6日加治木(かじき)領主島津氏の鹿児島邸に生まれる。1755年(宝暦5)11歳のとき宗家を継いで藩主となる。87年(天明7)隠居、56歳のとき総髪し栄翁(えいおう)と称す。重豪治世の中心は、士風の開化と文化の発展を図ることにあった。薩摩の言語風俗の粗野を戒め、上方(かみがた)風俗の移入に努め、また藩校造士館(ぞうしかん)、演武館をつくって藩士の文武教養の場とし、さらに医学院、明時館、薬園などを設けた。さらに農業百科全書ともいうべき『成形図説』、動植物関係の『鳥名便覧』『質問本草』『琉球(りゅうきゅう)産物誌』、中国語辞書『南山俗語考』や『琉客談記』『島津国史』などを編集させ、文化事業に力を尽くした。このほか当時の大名には珍しく蘭学(らんがく)興隆に情熱を傾け、蘭癖とまでいわれた。71年(明和8)江戸からの帰途長崎に立ち寄って蘭館を訪問、蘭船に乗り込み、自らもオランダ語や中国語を習得し、歴代商館長とも親しく交際、晩年シーボルトと会見して直接教えを受けた。一方、その治世中累積した藩債は一段と増加し、その打開を図った家老秩父季保(ちちぶすえやす)らの緊縮政策が重豪を無視したことからいたく激怒、秩父一党を徹底的に弾圧した(近思録くずれ)。しかしその後財政の窮迫は急速に高まり、藩債は500万両の巨額に達し、ここに茶坊主あがりの調所広郷(ずしょひろさと)を起用して財政改革にあたらせた。その途上、天保(てんぽう)4年1月15日江戸に没した。墓は鹿児島市島津家墓地にある。[芳 即正]
『芳即正著『島津重豪』(1980・吉川弘文館)』

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367日誕生日大事典

島津重豪 (しまづしげひで)
生年月日:1745年11月7日
江戸時代中期;後期の大名
1833年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

しまづ‐しげひで【島津重豪】
江戸後期の薩摩藩主。重年の長男。一一歳で襲封。蘭学を好み、造士館、演武館を創立して文武を奨励し、医学院、薬草園を建てて医学を広め、また、明時館を創建して天文暦数を研究した。家督を子の斉宣に譲った後も実権をもち、藩財政再建のため側用人調所広郷(ずしょひろさと)を登用して殖産興業をはかった。延享二~天保四年(一七四五‐一八三三

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旺文社日本史事典 三訂版

島津重豪
しまづしげひで
1745〜1833
江戸後期の薩摩藩主
11歳で藩主となった。藩校造士館に蘭学を導入して積極的開明策を採用。ほかに演武館・医学館・明時館も創立。治世後半に藩財政の窮乏を招いたが,藩政改革に調所広郷 (ずしよひろさと) を登用し殖産興業を推進した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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