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巌本善治【いわもと よしはる】

美術人名辞典

巌本善治
教育者・評論家兵庫県生。号に井上次郎・月の舎しのぶ等。中村正直の同人社、津田仙の学農社農学校に学ぶ。キリスト教立場から女性解放を説き、『女学雑誌』を創刊、また明治女学校校長となり女子教育尽力した。『基督教新聞』主筆もつとめた。早くから勝海舟に関心を寄せ『海舟座談』を編集・刊行した。昭和17年(1942)歿、80才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

いわもと‐よしはる〔いはもと‐〕【巌本善治】
[1863~1942]教育者。兵庫の生まれ。キリスト教の精神に基づいて女子教育に尽力。日本最初の婦人雑誌「女学雑誌」を発行し、女性解放運動を推進した。若松賤子(わかまつしずこ)。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

巌本善治 いわもと-よしはる
1863-1942 明治時代の教育者,評論家。
文久3年6月15日生まれ。若松賤子(しずこ)の夫。巌本真理の祖父。津田仙の影響で明治16年受洗。18年「女学雑誌」を創刊。20年明治女学校の教頭となり,25年校長。キリスト教精神にもとづく女子教育につくした。昭和17年10月6日死去。80歳。但馬(たじま)(兵庫県)出身。旧姓は井上。評論に「海舟座談」。
【格言など】理想先ず心中に成って,而して後(のち)発して行為(おこない),言語(ことば)となる(「理想之佳人」)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

いわもとよしはる【巌本善治】
1863‐1942(文久3‐昭和17)
明治期の評論家,女子教育者。キリスト教を支えにした近代的市民的婦人観によって婦人の地位向上に努めた。兵庫県出身で,1883年受洗。86年から《女学雑誌》を主宰,誌上で形式的な西欧模倣を批判しながらも男女同等を説き続け,それを阻む芸娼妓公許,婦人の無教養,向上心の欠如,男性中心の婚姻制度,婦人職業の未発達などの解消を主張し,婦人の団体活動を勧奨した。同誌は北村透谷島崎藤村らの《文学界》創刊(1893)の契機を用意するなど,明治文学史上でも注目される。

出典:株式会社平凡社
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

巌本善治
いわもとぜんじ
[生]文久3(1863).6.15. 但馬
[没]1942.10.6.
女子教育家。商人井上藤兵衛の次男として出生。明治1 (1868) 年漢詩人琴城巌本範治の養子となる。 1876年上京し中村敬宇の同人社に学び,80年津田仙の学農社入学。 83年下谷教会で木村熊二より受洗。 85年7月『女学雑誌』を創刊,同年 10月明治女学校の創設に参加。 87年同女学校教頭に就任。 92年同女学校校長となる。かたわら婦人問題,近代的な家庭を理想とする啓蒙活動を積極的に展開した。彼の妻は『小公子』の翻訳で著名な若松賤子。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

巌本善治
いわもとよしはる
(1863―1942)

教育家、評論家。但馬(たじま)国(兵庫県)生まれ。本姓井上、幼時、漢詩人巌本琴城(?―1903)の養子となる。中村正直(まさなお)、津田仙に学び、1883年(明治16)受洗。1884年『女学新誌』を出したが、1885年7月新たに『女学雑誌』を創刊して日本の初期婦人解放運動に貢献した。かたわら同年9月に木村熊二(くまじ)(1845―1927)・鐙(とう)(1848―1886)夫妻により創設された明治女学校教員に迎えられ、1885年、のちに『小公子』の翻訳で知られる若松賤子(しずこ)と結婚、1892年明治女学校校長となって、『吾党之女子教育』(1892)に著されたようなキリスト教信仰を基盤とする自由主義的理想主義教育を実践した。同校廃校後は実業方面に転じた。彼の編になる『海舟座談(かいしゅうざだん)』(1930)は、勝海舟の口を通して語られる幕末から明治にかけての為政者の姿と海舟の人間像をみごとにとらえている。バイオリニスト巌本真理は孫である。

[橋詰静子]

『相馬黒光著『黙移』(1936・女性時代社/復刊・1977・法政大学出版局)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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