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川端康成【かわばた やすなり】

美術人名辞典

川端康成
小説家。大阪生。東大国文科卒。在学中に第六次「新思潮」に参加、菊池寛に認められる。卒業後横光利一らと「文芸時代」を創刊し、新感覚派作家・理論家として注目された。代表作に『伊豆踊子』『雪国』『千羽鶴』等があり、日本的抒情文学の代表作家である。芸術院会員。芸術院賞・ノーベル文学賞受賞。文化勲章受章。昭和47年(1972)歿、73才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

かわばた‐やすなり〔かはばた‐〕【川端康成】
[1899~1972]小説家。大阪の生まれ。「新思潮」に発表した「招魂祭一景」で認められ、横光利一らとともに「文芸時代」を創刊。新感覚派として出発。日本ペンクラブ会長。文化勲章受章。昭和43年(1968)ノーベル文学賞受賞。のち、ガス自殺。作「伊豆の踊子」「浅草紅団(あさくさくれないだん)」「雪国」「千羽鶴」「山の音」など。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

川端康成 かわばた-やすなり
1899-1972 大正-昭和時代の小説家。
明治32年6月14日生まれ。大正13年横光利一らと「文芸時代」を創刊して新感覚派運動をおこす。15年「伊豆の踊子」を発表,短編作家としてみとめられる。独自の美的世界を追求し,「雪国」「千羽鶴」「山の音」などを発表。36年文化勲章。43年ノーベル文学賞。昭和47年4月16日自殺。72歳。大阪出身。東京帝大卒。
格言など】人間はみなに愛されているうちに消えるのが一番よい(「山の音」)

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

かわばたやすなり【川端康成】
1899‐1972(明治32‐昭和47)
小説家,評論家。大阪市生れ。一高をへて東大国文科卒。第6次《新思潮》に発表した《招魂祭一景》(1921)の新鮮な感覚を菊池寛らに認められて文壇に出た。横光利一らと新感覚派の機関誌《文芸時代》に拠り,新感覚派が昭和初期に腐食してしまったあとも新感覚派的手法を生かし続けた。《浅草紅団(くれないだん)》(1929‐30),《禽獣》をへて到達した極点に《雪国》(1935‐47)があり,近代抒情文学の代表作品となった。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

かわばたやすなり【川端康成】
1899~1972 小説家。大阪市生まれ。東大卒。横光利一らと「文芸時代」を創刊、新感覚派の代表作家として活躍。以後、日本的美意識を追求し続け、1968年(昭和43)ノーベル文学賞を受賞。自殺。作「伊豆の踊子」「雪国」「千羽鶴」「山の音」「みづうみ」など。

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

川端康成
かわばたやすなり
[生]1899.6.14. 大阪,大阪
[没]1972.4.16. 神奈川,逗子
小説家。幼くして父母,姉,祖母を失い,祖父が亡くなった 15歳のときに伯父の家に引き取られた。第一高等学校を経て,1924年東京帝国大学国文学科卒業。在学中の 1921年に同級生らと第6次『新思潮』を発刊,『招魂祭一景』(1921)が出世作となった。菊池寛の知遇を得て 1923年『文藝春秋』同人となり,大学卒業後の 1924年には横光利一ら当時の新進作家たちとともに『文芸時代』を創刊し,新感覚派の運動を始めた。初期の代表作は『伊豆の踊子』(1926)で,繊細な詩情と機知の交錯する「掌(たなごころ)の小説」といわれる小品風な一連の短編もある。第2次世界大戦後の作品では,鋭敏な感性と詩的表現とによって非情な東洋的人工美の世界を築き,そこに鮮烈な抒情を漂わせた。1952年日本芸術院賞受賞,翌 1953年日本芸術院会員。1961年文化勲章受章,1968年ノーベル文学賞受賞。1972年自殺。代表作『浅草紅団(あさくさくれないだん)』(1929~30),『禽獣(きんじゅう)』(1933),『雪国』(1935~47),『千羽鶴』(1949~51),『山の音』(1949~54),『古都』(1961~62)など。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

川端康成
かわばたやすなり
(1899―1972)
小説家。明治32年6月14日、大阪に生まれる。医師の父栄吉、母ゲンの長男。1901年(明治34)父、翌年母が亡くなり、大阪府三島郡豊川村大字宿久庄(しゅくのしょう)(現茨木(いばらき)市宿久庄)で祖父母に育てられた。小学校入学の年祖母、4年のとき姉、中学3年の5月に祖父が亡くなり、まったくの孤児になった。母の実家に引き取られ、親戚(しんせき)の世話になりながら茨木中学を終え、旧制第一高等学校、東京帝国大学と進んだ。帝大1年の21年(大正10)石浜金作、鈴木彦次郎らと第六次『新思潮』を創刊。2号に載せた『招魂祭一景』によって菊池寛らに認められた。この年、16歳の少女伊藤初代と婚約し、1か月後彼女の心変わりで破約になるという事件があった。身辺の多くの死、孤児の体験、失恋の痛手などは川端文学の根本的性格を形づくるうえで作用した。24年、国文科を卒業。この年10月、横光利一、片岡鉄兵、中河与一、今東光らと『文芸時代』を創刊、斬新(ざんしん)な文学の出現として世の注目を浴びた。評論家千葉亀雄がこの派を新感覚派とよび、それは、当時やはりはっきりした姿を現してきたプロレタリア文学とともに、昭和初期の二大文学潮流を形づくることになった。
 川端は『十六歳の日記』(中学時代の日記。1925発表)、『伊豆の踊子』(1926)など写実味の勝った作品も発表したが、それよりも、現実を主観のなかで組み立て直し新しく結晶させた詩的な作品を多く書いた。そういう作品を通して、ままならぬ現実に呻吟(しんぎん)して動きのとれぬような前代の文学のあり方を振り払い、瞬間に命をかけて生き抜く、清新な生き方を提出しようとした。『白い花』(1923)、『二十年』(1925)、『叩(たた)く子』(1928)などの掌(たなごころ)の小説、モダニズムの作品『浅草紅団(くれないだん)』(1929~1930)などがその例である。しかし新心理主義の小説『水晶幻想』(1931)のころから虚無的側面が目だつようになった。プロレタリア文学もモダニズム文学もともに圧殺され、国家主義的傾向が強くなる世の成り行きも関係している。虚無の傾向は『禽獣(きんじゅう)』(1933)、『虹(にじ)』(1934)のころにもっとも深く、そこには人間的生のむなしさが吐き出すように語られている。しかし『雪国』(1935~1947)あたりから、徒労なら徒労のままの人生を懸命に生き抜く命を、悲しみのうちに見守るような作風に移り、小康を得た。1937年(昭和12)の日中戦争以後、戦争を運命のようにみながら、しかし戦争によってもてあそばれる各国個々人の立場に思いをはせ、世界各民族が混血融合する平和な未来を願い祈る『高原』(1937~1939)のような作品も書いた。
 戦争末期には、まさに滅びようとする日本の古典に思いを寄せたが、敗戦直後、次々の友人・知己の死のなかで、「私はもう死んだ者として、あはれな日本の美しさのほかのことは、これから一行も書かうとは思はない」(1945「島木健作追悼」)と述べた。しかし、しだいに回復し、『千羽鶴(せんばづる)』(1949~1951)、『山の音』(1949~1954)、『名人』(1951~1952)など戦後の名作が生まれる。それらは古典の伝統も生かしつつ、『千羽鶴』には老い近い川端の夢が、『名人』には覚悟が、『山の音』には両者の平衡に心を砕く現実人の姿が書かれている。しかし、『みづうみ』(1954)では美しい女の後をやみくもにつけずにはいられない魔性の男銀平を、『眠れる美女』(1960~1961)では老人の陰微な性を描き、晩年の川端の作品は一種狂気につき入ろうとしたところがある。魔界につき入る狂気と、そこをくぐり抜けて出る仏界と、両者の緊張関係の内に、川端の目ざすところはあったようである。
 1948年(昭和23)日本ペンクラブ第4代会長に就任。1957年に国際ペンクラブ東京大会を主催。1961年文化勲章受章、1968年ノーベル文学賞受賞。しかし昭和47年4月16日、自らの名声に反逆するような形でガス自殺を遂げた。川端はまた批評家としても優れ、その批評眼に認められて世に出た作家には、堀辰雄(たつお)、北条民雄(ほうじょうたみお)、岡本かの子、三島由紀夫などがいる。[羽鳥徹哉]
『『川端康成全集』35巻・補巻2(1980~1983・新潮社) ▽『川端康成研究叢書』10巻・補巻1(1976~1983・教育出版センター)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

かわばた‐やすなり【川端康成】
小説家。大阪出身。横光利一らと「文芸時代」を創刊し、新感覚派文学運動を推進。一方、日本の伝統美を虚無的抒情的筆致で描いた。芸術院会員。昭和四三年(一九六八)ノーベル文学賞受賞。ガス自殺をする。作品「伊豆の踊子」「感情装飾」「雪国」「千羽鶴」「山の音」「眠れる美女」など。明治三二~昭和四七年(一八九九‐一九七二

出典:精選版 日本国語大辞典
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