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巨勢野足【こせの のたり】

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

巨勢野足 こせの-のたり
749-817* 奈良-平安時代前期の公卿(くぎょう)。
天平勝宝(てんぴょうしょうほう)元年生まれ。巨勢堺麻呂(せきまろ)の延暦(えんりゃく)8年陸奥(むつ)鎮守副将軍。初代蔵人頭(くろうどのとう)をへて弘仁元年参議となり,翌年右近衛(うこんえの)大将兼務。3年中納言。6年陸奥出羽(でわ)按察使(あぜち)をかねた。弘仁7年12月14日死去。68歳。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

こせののたり【巨勢野足】
749‐816(天平勝宝1‐弘仁7)
平安時代前期の貴族。巨勢堺麻呂の孫,苗麻呂の子。789年(延暦8)陸奥鎮守副将軍に任ぜられ,翌々年蝦夷討征に赴く。その後,陸奥介,下野守を兼任し,また兵部大輔,内蔵頭,左衛門督右大将などを歴任。810年(弘仁1)に蔵人所が創設されると藤原冬嗣とともに初代の頭となるが,おもに軍事官僚としての功績をあげ,812年には陸奥出羽按察使(あぜち)として勲三等。〈人となり鷹犬を好む〉とあり,正三位中納言にて没す。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

旺文社日本史事典 三訂版

巨勢野足
こせののたり
748〜816
平安初期の軍人貴族
参議堺麻呂 (せきまろ) の孫。791年大伴弟麻呂 (おおとものおとまろ) に従って蝦夷 (えみし) 征討に参加。810年藤原冬嗣と並んで,最初の蔵人頭 (くろうどのとう) となった。のち中納言になり,陸奥・出羽の按察使 (あぜち) を兼ねた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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