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市川崑【いちかわこん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

市川崑
いちかわこん
[生]1915.11.20. 三重,宇治山田
[没]2008.2.13. 東京
映画監督。第一作『花ひらく』 (1948) ,横山泰三のまんがに基づく風刺劇『プーサン』 (1953) でジャーナリズムの注目を浴び,『こころ』 (1955) ,『ビルマの竪琴』 (1956,ベネチア国際映画祭サン・ジョルジョ賞) を発表するに及んで第一線監督としての地位を確立した。その後一作ごとに独自の工夫を凝らし,『炎上』 (1958) ,『鍵』 (1959,カンヌ国際映画祭審査員特別賞) ,『野火』 (1959) ,『おとうと』 (1960) ,『東京オリンピック』 (1965,カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞) ,『犬神家の一族』 (1976) ,『忠臣蔵 四十七人の刺客』 (1994) ,『どら平太』 (2000) などを発表。テレビドラマ『木枯し紋次郎』も手がけた。 2006年には自作の『犬神家の一族』をリメークし話題に上った。 1994年文化功労者に選ばれた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

いちかわ‐こん〔いちかは‐〕【市川崑】
[1915~2008]映画監督。三重の生まれ。本名、儀一。初期は都会的な風俗喜劇で人気を集めたが、その後次々と文芸作品や記録映画を手がける。代表作三島由紀夫の「金閣寺」を映画化した「炎上」、幸田文原作「おとうと」のほか、「ビルマの竪琴(たてごと)」「東京オリンピック」、横溝正史原作「犬神家の一族」「八つ墓村」など。平成6年(1994)文化功労者

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

市川崑 いちかわ-こん
1915-2008 昭和後期-平成時代の映画監督。
大正4年11月20日生まれ。和田夏十(なつと)の夫。昭和23年新東宝映画「花ひらく」で監督デビュー。28年の「プーサン」で注目され,「ビルマ竪琴」「」などの文芸作品を映画化。40年の記録映画「東京オリンピック」は記録か芸術かで論議をよんだ。平成6年文化功労者。平成20年2月13日死去。92歳。三重県出身。市岡商業中退。本名は儀一。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

いちかわこん【市川崑】

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

市川崑
いちかわこん
(1915―2008)
映画監督。大正4年11月20日、三重県宇治山田市(現、伊勢市)生まれ。幼いときに大阪に移り、市岡(いちおか)商業を病気中退。1933年(昭和8)京都のJO(ぜーおー)スタジオに入社し、アニメーション映画製作に従事する。1937年JOがPCL映画製作所等と合併して東宝映画株式会社(現、東宝株式会社)となったのを機会に、劇映画の助監督になる。第二次世界大戦後の東宝争議で新東宝に移り、同社の第一作『東宝千一夜』(1947)を助監督の身分のまま初監督。続く『花ひらく』(1948)が監督昇進第一作となった。また『三百六十五夜(東京篇・大阪篇)』(1948)などのメロドラマでモダンかつ軽妙な演出感覚を発揮して注目された。その才能はとくに『足にさわった女』(1952)、『プーサン』(1953)など、都会恋愛喜劇、風刺喜劇で目覚ましい成功をみせた。さらに『ビルマの竪琴(たてごと)』(1956)、『炎上』(1958)、『野火』(1959)、『おとうと』(1960)などで、文芸映画の分野で鋭い映像感覚を発揮した。また記録映画『東京オリンピック』(1965)では独自の視点とユニークな映像で、その後のスポーツ記録映画に大きな影響を与えた。『犬神家の一族』(1976)に始まる横溝正史(よこみぞせいし)の推理小説の連続映画化では大きな商業的成功を収めた。第二次世界大戦後の日本映画の隆盛を担った名監督の一人である。ほかに『細雪(ささめゆき)』(1983)、『四十七人の刺客』(1994)、『どら平太』(2000)などがある。1994年(平成6)文化功労者。平成20年2月13日に満92歳で死去。[品田雄吉]

資料 監督作品一覧

花ひらく(1948)
三百六十五夜 東京篇・大阪篇(1948)
人間模様(1949)
果てしなき情熱(1949)
銀座三四郎(1950)
熱泥池(1950)
暁の追跡(1950)
夜来香(1951)
恋人(1951)
無国籍者(1951)
盗まれた恋(1951)
ブンガワンソロ(1951)
結婚行進曲(1951)
ラッキーさん(1952)
若い人(1952)
足にさわった女(1952)
あの手この手(1952)
プーサン(1953)
青色革命(1953)
天晴れ一番手柄 青春銭形平次(1953)
愛人(1953)
わたしの凡(すべ)てを(1954)
億万長者(1954)
女性に関する十二章(1954)
青春怪談(1955)
こころ(1955)
ビルマの竪琴(1956)
処刑の部屋(1956)
日本橋(1956)
満員電車(1957)
東北の神武たち(1957)
穴(1957)
炎上(1958)
あなたと私の合言葉 さようなら、今日は(1959)
鍵(1959)
野火(1959)
女経~第二話「物を高く売りつける女」[増村保造、吉村公三郎とのオムニバス](1960)
ぼんち(1960)
おとうと(1960)
黒い十人の女(1961)
破戒(1962)
私は二歳(1962)
雪之丞変化(1963)
太平洋ひとりぼっち(1963)
ど根性物語 銭の踊り(1964)
東京オリンピック(1965)
トッポ・ジージョのボタン戦争(1967)
京(1967)
青春(1968)
愛ふたたび(1971)
股旅(1973)
時よとまれ 君は美しい ミュンヘンの17日~「最も速く」(1973)
吾輩は猫である(1975)
妻と女の間[豊田四郎との共同監督](1976)
犬神家の一族(1976)
悪魔の手毬唄(1977)
獄門島(1977)
女王蜂(1978)
火の鳥(1978)
病院坂の首縊(くく)りの家(1979)
古都(1980)
幸福(1981)
長江(1981)
細雪(1983)
おはん(1984)
ビルマの竪琴(1985)
子猫物語(1986)
鹿鳴館(1986)
映画女優(1987)
竹取物語(1987)
つる 鶴(1988)
天河伝説殺人事件(1991)
帰って来た木枯し紋次郎(1993)
その木戸を通って(1993)
四十七人の刺客(1994)
八つ墓村(1996)
新撰組(2000)
どら平太(2000)
かあちゃん(2001)
ユメ十夜 第二夜(2006)
犬神家の一族(2006)
『和田誠・森遊机著『光と嘘、真実と影――市川崑監督作品を語る』(2001・河出書房新社) ▽『キネ旬ムック 市川崑』(2008・キネマ旬報社) ▽映画秘宝編集部編『市川崑大全』(2008・洋泉社) ▽土屋好生著『映画監督市川崑――崑さんをめぐる映画の旅』(2009・近代映画社)』

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