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年寄【としより】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

年寄
としより
室町時代中期以降,武家社会をはじめ町や村,あるいは団体などで指導的な立場にあった者の呼称室町幕府では中期以降,評定衆 (宿老) ,引付衆 (中老) を総称して年寄といったが,のちにはこれが大名家中でも用いられるようになり,さらに一般化して町や村,一般の団体でも用いられるようになった。江戸幕府でも3代将軍徳川家光の頃までは老中のことを年寄と呼び,また,政務見習いに出仕した老中の子息たちを,年寄に対して若年寄といった。この呼称は奥向きにも用いられ,江戸幕府の大奥についていえば,上臈年寄,御年寄,中年寄の称があり,特に旗本などの家から入った御年寄には表向きの老中と対等の待遇が与えられていた。町には町年寄,村には村年寄があり,また,株仲間などにも,その運営にあたる年寄がおかれた。現在でもその呼称は日本相撲協会などに残されている。

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年寄
としより
相撲興行の経営や門弟の養成に従事する者の名称。引退後の力士名跡を取得して襲名する。親方ともいう。日本相撲協会を構成する。横綱大関三役経験者および幕内通算 20場所または幕内・十両通算 30場所以上務めた力士が有資格者で,名跡が空いている場合にかぎり,襲名できる。ただし,師匠の名跡を継承する場合は,幕内通算 12場所または幕内・十両通算 20場所以上務めた力士に資格が与えられる。なお,名跡に空きがない場合も,横綱 5年間,大関 3年間,力士名のまま年寄資格が得られる。(→相撲

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デジタル大辞泉

とし‐より【年寄(り)】
年をとった人。高齢の人。老人。
武家時代、政務に参与した重臣。室町幕府の評定衆引付衆、江戸幕府の老中、大名家の家老など。
江戸幕府の、大奥の取り締まりをつかさどった女中の重職。
江戸時代、町村の行政にあたった指導的立場の人。
大相撲の関取以上の力士で、引退して年寄名跡を襲名・継承した者。日本相撲協会の運営や各部屋の力士養成に当たる。
老人用法

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世界大百科事典 第2版

としより【年寄】
本来年齢を重ねた人の意味であるが,転じて組織の中で経験豊富な指導者を意味し,年老,老人,宿老とも書かれ,〈おとな〉と発音される場合もある。室町幕府や江戸幕府,大名家では重臣を年寄,家老老中と称している。また室町時代,江戸時代を通じて宮座,商工業の座,株仲間の重役も年寄と称されており,江戸時代の村落でも庄屋名主(なぬし)を補佐する役人を村年寄といい,都市の行政単位である町内の行政を担当し,支配機構の末端をになう役人を町(ちよう)年寄と称した。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

年寄
としより
年齢の高い人、経験・知識の豊かな人がもとの意味で、そこから、中世や江戸時代の職制の中核となる人を意味した。(1)公家(くげ)では、天皇の側近でその相談にあずかる人。鎌倉初期、天皇の側近に内覧(ないらん)以下10人の公家を置き議奏(ぎそう)と称したが、これはまた年寄衆、御側(おそば)衆ともよばれた。(2)武家の重臣で政務を統轄する地位。室町幕府では、評定(ひょうじょう)衆、引付(ひきつけ)衆をいい、長老、宿老ともいった。江戸時代には、幕府の大老、老中、若年寄をいい、諸藩の家老を年寄ということもあり、いずれも政務の中心に位置する人をそうよんだ。(3)町や村の行政にあたる中心の人をいう。中世の郷村制では、その指導的地位にたつ人を年寄といい、おとな、刀禰(とね)、肝煎(きもいり)ともいった。江戸時代の町では、町役人を年寄といい、江戸では樽屋(たるや)、奈良(なら)屋、喜多村(きたむら)の三年寄が名主以下を支配し、大坂にも惣(そう)年寄、京都・堺(さかい)・長崎にも町年寄があった。また農村では、村役人である村方三役の一つをいい、村内より3、4人を選び、名主、庄屋(しょうや)を補佐した。関東地方ではこれを組頭ともいった。また江戸後期には、引退した名主、組頭からなる村政相談役を年寄ともいった。(4)以上の諸役から転じて、各種組織の統轄にあたる人を年寄とよんだ。江戸時代の大奥の女中取締りにあたる人を奥女中年寄といい、町人にも問屋場年寄、米相場年寄といった地位があり、各組織の統轄にあたった。[上杉允彦]
 なお、相撲(すもう)の年寄は、十両以上の力士が引退したあと、定員105名に欠員があれば、名跡を相続し、相撲協会の運営にあたる。[編集部]

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精選版 日本国語大辞典

とし‐より【年寄】
〘名〙
① 年をとった人。老人。
※徒然草(1331頃)一一九「鎌倉の年よりの申侍しは」
② 武家で、政務に参与した重臣。室町幕府では評定衆・引付衆の総称。江戸幕府では老中、大名の諸家では家老。また、朝廷では議奏をさすこともあった。
※上杉家文書‐永祿一二年(1569)四月二三日・山口豊守条書案「年寄共同心可懸御目由申候」
③ 江戸時代、(イ) 「としよりびゃくしょう(年寄百姓)」の略、(ロ) 庄屋(名主)を補佐する組頭役の別称、(ハ)宿駅の問屋を補佐する役人、(ニ)町政を預かる役人(町年寄)など。
※慶長見聞集(1614)五「とがの子細の有ければ年寄五人組引つれて御代官の花山湯島へいそぎ参るべし」
※滑稽本・戯場粋言幕の外(1806)上「あんでも村中ふるって出めへものか、お地頭さめへ干損のおねげへに出るやうに、目代、組頭、年寄(トシヨリ)、下役、縁所縁ぴき、六親眷族、二里いんでんの取沙汰だっけヱ」
④ 江戸幕府の大奥の女中の重職。武家出身者のうち、奥向きの総務(取締)をつかさどったもの。表老中と同格であるが常置の職ではなかった。老女。局。また、武家屋敷の奥の総取締りにあたる御殿女中にもいう。
※御触書宝暦集成‐延享二年(1745)一四「御年寄被仰付候、並之通贈物有之候」
⑤ 大相撲の関取および十両格以上の行司のうち、引退した後、年寄株を相続し各部屋で力士の養成にあたったり、また相撲協会の役員として協会経営にあたったりする人をいう。日本相撲協会評議員。〔相撲隠雲解(1793)〕
⑥ ユダヤ教、キリスト教で教会の役職者、長老。
※引照新約全書(1880)馬太伝福音書「イエスその弟子に己のエルサレムに往て長老(トシヨリ)祭司の長学者等より」

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としより‐し【年寄】
〘形シク〙 年寄らしく地味である。ふけた感じである。
申楽談儀(1430)能の色どり「ただ、角帽子(すみぼうし)の縫物を略して、としよりしく、濁らかして着(き)べし」

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とし‐よ・る【年寄】
〘自ラ五(四)〙 老いる。よわいがつもる。
※散木奇歌集(1128頃)夏「卯花の身のしらがとも見ゆるかな賤が垣ねもとしよりにけり」
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)前「あの人も若い内苦労したから、老(トシヨッ)て楽をする」

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