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幸若舞【こうわかまい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

幸若舞
こうわかまい
日本の中世芸能の一つ。曲舞の一流派名であったが,のちにこの全体をさすようになった。舞々 (まいまい) ,舞 (まい) ともいう。桃井幸若丸が始めたというのでこの名称がある。室町時代前期に興り,江戸時代初期まで行なわれた。叙事的な歌謡に合わせての簡単な舞で,約 50曲が知られている。判官物曾我物が圧倒的に多く,判官物では『常盤問答』などで常盤御前を取り上げている。平家公達を数多く題材にした能に対し,源氏の素朴な勇壮さを扱った点に,幸若舞の特色がみられる。ほかに,『入鹿 (いるか) 』『大織冠』『百合若大臣』など,特有の題材もある。戦国時代の武将に愛好され,特に織田信長が好んだことで有名。幸若丸の子孫越前国 (福井県) に住み,信長豊臣秀吉,徳川将軍家の庇護を受けたが,明治維新とともに正統は絶えた。現在わずかに福岡県みやま市の大江天満宮に民俗芸能としてその遺風が伝承され,国の重要無形民俗文化財指定を受けている。謡曲浄瑠璃などにも大きな影響を与えた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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朝日新聞掲載「キーワード」

幸若舞
室町時代初期に越前国(現福井県)で始まり、信長、豊臣秀吉らに愛好された。明治に入って急速に衰え、残っているのはみやま市瀬高町大江地区だけ。76年に国の重要無形民俗文化財に指定。地元の幸若舞保存会が毎年1月20日、五穀豊穣(ほうじょう)を祈って大江天満神社の幸若舞堂で奉納している。
(2010-01-20 朝日新聞 朝刊 筑後 1地方)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

こうわか‐まい〔カウわかまひ〕【幸若舞】
室町時代に流行した、曲舞(くせまい)系統の簡単な舞を伴う語り物南北朝時代の武将桃井直常(もものいなおつね)の幸若丸直詮が始めたと伝える。題材は軍記物が多く、戦国武将が愛好した。現在は福岡県みやま市瀬高町大江に残存。舞。舞々。

出典:小学館
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防府市歴史用語集

幸若舞
 中世にはやった舞[まい]の1つで、武士の世界を題材にした物語をうたうものです。当時人気のあった幸若座[こうわかざ]という一派にちなんで、このように呼ばれます。

出典:ほうふWeb歴史館
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デジタル大辞泉プラス

幸若舞
室町時代から江戸時代にかけて流行した舞の一種。源平盛衰記義経記などの軍記物語を題材とする。戦国武将の織田信長が愛好したとされる『敦盛』が有名。現在伝承されているものは福岡県みやま市瀬高町大江に伝わる「大頭流幸若舞」の8曲のみで、毎年1月に大江天満神社で奉納舞が披露される。1976年、国の重要無形民俗文化財に指定。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

こうわかまい【幸若舞】
日本の中世芸能の一種。幸若舞曲(こうわかぶきよく),舞曲(ぶきよく)ともいう。曲舞(くせまい)の一流派であったので,幸若舞を曲舞ということもあり,舞,舞々(まいまい)という場合もある。曲舞の本流が室町時代の中期におとろえるが,その系統から,長い叙事的な語り物に簡単な動作の舞をともなった芸能があらたに起こり,唱門師(しようもんじ)などによって盛んに行われるようになった。この後期の曲舞の一流派が幸若流であるが,幸若舞という名称は,〈幸若系図〉などの伝承によると,その大成者桃井直詮(もものいなおあきら)の幼名幸若丸にちなんだものとされる。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

こうわかまい【幸若舞】
主として室町時代に流行した舞曲。桃井もものい直詮(幼名、幸若丸)の創始という。語りを主とし、扇拍子・小鼓・笛などの音曲に合わせて舞う。曲舞くせまいの一種で、曲節は声明しようみよう・平曲・宴曲を融合したもの。軍記物語に題材をとり、戦国武将が愛好した。大頭だいがしら・笠屋かさやの流がある。現在は福岡県みやま市瀬高町大江に残るのみ。幸若。舞。舞舞。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

幸若舞
こうわかまい
室町時代から江戸時代にかけて隆盛した芸能の一つ。曲舞(くせまい)、舞(まい)、舞々(まいまい)ともいわれる。その起源について幸若諸家の系図は、南北朝時代の武将桃井直常(なおつね)の孫幸若丸直詮(なおあき)が創始したと伝えるが、これらは江戸時代になってから作成されたもので、伝説の域を出ない。幸若舞は一般に曲舞とも称せられたように、室町中期以前に流行していた曲舞の流れをくむものであり、その担い手は声聞師(しょうもじ)などの賤民(せんみん)階層であったともいわれている。幸若大夫(たゆう)ということばの記録上の初見は『管見記(かんけんき)』嘉吉(かきつ)2年(1442)の条であるが、このころには各地に幸若舞が存在しており、なかでも越前(えちぜん)幸若が世間の好評を得ていたようすが他の記録からうかがわれる。幸若舞は題材を『平家物語』『曽我(そが)物語』などの軍記物語に取材し、武士舞的な要素が濃いところから、織田信長、豊臣(とよとみ)秀吉などの戦国武将に愛好され、その庇護下にあった越前幸若は社会的に恵まれた地位を得て繁栄した。幸若舞の詞章は「舞の本」といわれ、50曲が知られる。江戸時代に入ると越前幸若は幕府の式楽としての能楽よりも上席を遇せられる一時期もあったが、しだいに衰退し、やがて幕府崩壊とともに滅亡した。
 今日では福岡県みやま市瀬高町大江に大頭(だいがしら)系の幸若舞が伝承されている。1月20日に大江天満神社の舞堂で行われ、『安宅(あたか)』『高館(たかだち)』など8曲が上演可能。大江に伝わる『大頭舞之系図』によると、幸若の弟子筋にあたる者が1582年(天正10)に、筑後(ちくご)(福岡県南部)山下城主蒲池(かまち)家家来に伝授したとあるが、真偽のほどは定かでない。囃子(はやし)は小鼓のみで、大夫、シテ、ワキの3人が長い詞章を分けて謡い語る。謡と語りが主で、舞というほどの所作はなく、拍子にかかるツメで太夫が舞台を踏んで回るにすぎないが、今日伝承する唯一の幸若舞であるだけに貴重な意義があり、国の重要無形民俗文化財に指定されている。[高山 茂]
『笹野堅著『幸若舞曲集』(1943・第一書房) ▽荒木繁・池田廣司・山本吉左右編・注『幸若舞』全3巻(平凡社・東洋文庫)』

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事典・日本の観光資源

幸若舞
(福岡県みやま市)
福岡県文化百選 祭り・行事編」指定の観光名所。

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精選版 日本国語大辞典

こうわか‐まい カウわかまひ【幸若舞】
〘名〙 (大成者と伝えられる桃井直詮(もものいなおあきら)の幼名幸若丸から) 室町中期から末期にかけて流行した簡単な動作を伴う語り物。単に「舞(まい)」ともいい、その詞章を集めたものを「舞の本」、演者を「舞(まい)まい」という。軍記物語に題材をとり、戦国時代の武将に愛好された。曲舞(くせまい)の系統。現在は、わずかに福岡県山門郡瀬高町大江に残る。役柄や扮装(ふんそう)はなく、三人の語り手が烏帽子(えぼし)、素襖(すおう)、長裃(ながかみしも)姿で小鼓を伴奏に演じる。こうわか。
※応仁別記(15C末か)「石見太郎左衛門尉は三条殿に幸若舞のありし、終て群集人々かへりに、辻切の様に山名殿よりぞ討せける」

出典:精選版 日本国語大辞典
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さいわか‐まい ‥まひ【幸若舞】
〘名〙 (「さいわか」は「幸若(こうわか)」を誤って「さきわか」と読んだものの変化した形か) =こうわかまい(幸若舞)

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旺文社日本史事典 三訂版

幸若舞
こうわかまい
室町初期に発生した歌舞で,曲舞 (くせまい) の一派
桃井 (もものい) 幸若丸直詮 (なおあき) が草紙物・軍記物に節と簡単な舞をつけて始めたという。曲風は男性的で,織田信長・豊臣秀吉らに愛好され,江戸幕府でも祝言の舞として採用。能楽・浄瑠璃へ大きな影響を与えた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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