@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

延暦【エンリャク】

デジタル大辞泉

えんりゃく【延暦】
奈良後期・平安初期の、桓武天皇の時の年号。782年8月19日~806年5月18日。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版

えんりゃく【延暦】
年号(782.8.19~806.5.18)。天応の後、大同の前。桓武かんむ天皇の代。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本の元号がわかる事典

えんりゃく【延暦】
日本の元号(年号)。奈良時代から平安時代にかけての782年から806年まで、桓武(かんむ)天皇の代の元号。前元号は天応(てんおう)。次元号は大同(だいどう)。782年(天応2年)8月19日改元。桓武天皇の即位にともない行われた(代始改元)。桓武は784年(延暦3)に平城京から新しい都、長岡京に遷都した。翌年、造宮長官の藤原種継(たねつぐ)が暗殺され、事件に連座した早良(さわら)親王は皇太子を廃されて淡路国へ配流、その途中で憤死した。近親者の不幸や天災が相次いだことから、794年(延暦13)に改めて平安京への遷都を行った。797年(延暦16)には『続日本紀(しょくにほんぎ)』が完成。最澄(さいちょう)と空海(くうかい)が唐から帰国したのもこの時期。また、桓武は東北地方の経略にも積極的で、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)を征夷大将軍とする軍を送っている。

出典:講談社
(C)Kodansha.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

えんりゃく【延暦】
桓武天皇の代の年号。即位翌年天応二年(七八二)八月一九日改元。延暦一三年(七九四)には都が平安京に移り、平安時代が始まる。同二五年五月一八日大同となる。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

延暦」の用語解説はコトバンクが提供しています。

延暦の関連情報

他サービスで検索

「延暦」のスポンサー検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation