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建安七子【けんあんしちし】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

建安七子
けんあんしちし
Jian-an qi-zi
中国,後(→)末の文人のグループ。献帝の建安年間(196~219)頃,漢を継いでを建てた曹操,曹丕(→文帝),曹植父子を中心として活躍した,孔融王粲陳琳徐幹阮瑀応瑒劉楨の 7人をさす。詩人としては王粲,劉楨らが優れ,曹操父子とともに,儒教味を脱した,清新で太い骨格をもった抒情詩の,また形式的には五言詩の発展に大きな役割を果たした。魏の都のにいたところから,「鄴下の七子」とも呼ばれる。

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デジタル大辞泉

けんあん‐しちし【建安七子】
中国、建安年間を代表する七人の文人。孔融・陳琳(ちんりん)・王粲(おうさん)・徐幹・阮瑀(げんう)・応瑒(おうとう)・劉楨(りゅうてい)をいう。

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世界大百科事典 第2版

けんあんしちし【建安七子】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

建安七子
けんあんしちし

中国、建安(後漢(ごかん)の献帝劉協(りゅうきょう)の年号、196~220)年間の文人、孔融(こうゆう)(153―208)、王粲(おうさん)(177―217)、劉楨(りゅうてい)(?―217)、陳琳(ちんりん)(?―217)、阮瑀(げんう)(?―212)、徐幹(じょかん)(171―217)、応瑒(おうとう)(?―217)の7人をさす。曹丕(そうひ)がこの7人を批評の対象に取り上げたことに始まる。このうち孔融は世代も上で立場も異なり、曹操に早く殺された。ほかの六子は、三曹(曹操およびその子の曹丕、曹植)に仕え、主従の関係を越える価値を文学に共有し、新しい文学集団を形成した。後漢末の動乱期を反映し、悲哀と激情に傾く作品が多いが、「建安の風骨」(李白(りはく))と称されるように、修辞に埋没しない人間存在の高揚がみられる。また民間の歌謡であった五言詩を知識人の文学形式に定着させたことは、中国文学史の展開に大きな影響を与えた。

[成瀬哲生]

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