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弁内侍日記【べんのないしにっき】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

弁内侍日記
べんのないしにっき
鎌倉代中期の女流日記。弁内侍著。2巻 (もと1巻を分けたものか) 。著者は宮廷画家藤原信実の娘で,後深草天皇の女房寛元4 (1246) ~建長4 (52) 年頃の宮廷生活を主として記し,和歌 304首,連句6句を含む。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

べんのないしにっき【弁内侍日記】
弁内侍の日記。2巻。寛元4~建長4年(1246~52)の間の宮中行事を、和歌を交えながら記したもの。後深草院弁内侍集。

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世界大百科事典 第2版

べんのないしにっき【弁内侍日記】
鎌倉時代の日記。《後深草院弁内侍家集》ともいう。著者は中務大輔藤原信実の娘(実名不詳)で,肖像画の名手藤原隆信の孫に当たる。後深草天皇に皇太子時代から仕えた。日記の期間は1246年(寛元4)の後深草天皇即位から52年(建長4)ころまで,内容は200首に及ぶ著者の歌を中心に,宮廷生活における行事や見聞を記す。ただし,現存本は巻末に相当量の脱落があると推定される。【今西 祐一郎】

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

弁内侍日記
べんのないしにっき

鎌倉時代の日記文学。二巻。1252年(建長4)までの記事がある。作者後深草院(ごふかくさいん)弁内侍は似絵(にせえ)(肖像画)の大家藤原信実(のぶざね)の女(むすめ)(生没年未詳)。姉妹の藻壁(そうへき)門院少将、少将内侍とともに優れた歌人であった。内容は後嵯峨(ごさが)天皇譲位の1246年(寛元4)に起筆、ついで後深草天皇即位以後断続的に52年まで7年間のことがあるが、現在伝わる日記は末尾が散逸しており、作者はさらに7年後の1259年(正元1)後深草譲位まで奉仕していたことが知られるから、本来はこのころまで書き継がれたものと思われる。天皇の行動や宮廷行事に関するもので公的性格が強く、めでたいこと、おもしろいことなど明るい記事の羅列であるが、機知とユーモアに富んだ天真爛漫(らんまん)な作者の個性もよく出ている。歌が304首、連句が六句あるので、「弁内侍家集」とも称される。

[松本寧至]

『池田亀鑑著『宮廷女流日記文学』(1927・至文堂)』『玉井幸助著『弁内侍日記新注』(1958・大修館書店)』『玉井幸助著『日記文学の研究』(1965・塙書房)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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