@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

弁慶【べんけい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

弁慶
べんけい
義経記 (ぎけいき) 』その他の文芸作品や伝説中で活躍する人物。鎌倉時代後期に成立した幕府史書吾妻鏡』に武蔵坊弁慶の名が源義経従者として記されているが,実在の人物としての経歴は確認されていない。『平家物語』や『源平盛衰記』に義経の家来として描かれたのち,『義経記』に弁慶の人物や経歴が詳しく描かれた。それによると父は熊野別当弁昌,母は二位大納言の娘。比叡山で学んだが,抜群の体格腕力乱暴を重ねて山を離れ,のち義経の家来となり,文治5 (1189) 年陸奥国衣川藤原泰衡に攻められて死ぬまで行動をともにした。能の『安宅 (あたか) 』,歌舞伎勧進帳』などでなじみ深い。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

べんけい【弁慶/辨慶】

[?~1189]鎌倉初期の僧。幼名、鬼若。号、武蔵坊(むさしぼう)。義経記吾妻鏡平家物語などによれば、熊野の別当の子で、兄頼朝と不和になり奥州に落ちる源義経に従い、安宅(あたか)の関での難を救い、衣川の戦いで全身にを受けて立ちながら息絶えたと伝えられる。能・歌舞伎・浄瑠璃などに英雄豪傑として描かれる。
富田常雄の時代小説。昭和26年(1951)から昭和30年(1955)にかけて「東京新聞」に連載。単行本は、昭和27年(1952)から昭和30年(1955)にかけて全9巻を刊行。

強い者。また、強がる者。「内―」「陰―」
《弁慶が七つ道具を背負った姿、また、衣川の合戦で、体中に矢を射立てられて立ち往生した姿から》道具の名。
㋐竹筒に多くの穴をあけたもので、うちわや台所道具をさしておくもの。
㋑わらを束ね、筒状にしたものを棒の先につけて、風車や柄につけた飴(あめ)などをさし、売り歩いたもの。
大尽客の取り巻き。幇間(ほうかん)。
「勘六貴様も―に連れて行く」〈浄・歌祭文
弁慶縞」の略。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

弁慶 べんけい
?-1189 平安後期-鎌倉時代の僧。
熊野(くまの)別当の子という。比叡山(ひえいざん)西塔で修行したが,のち源義経の従臣となり,安宅(あたかの)関で義経の危難をすくう。文治(ぶんじ)5年閏(うるう)4月30日衣(ころも)川の戦いで全身に矢をうけ,たったまま死んだという。「義経(ぎけい)記」「弁慶物語」などによって豪傑として伝説化された。幼名は鬼若丸。号は武蔵(むさし)

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクション

べんけい【弁慶】
石川の日本。酒名は、義経、弁慶の伝説が残る安宅の地へ先代の娘が嫁いだのをきっかけにつけられたもの。大吟醸酒と本醸造酒がある。平成2、4、7、9、10年度全国新酒鑑評会で金賞受賞。原料米は五百万石、山田錦。仕込み水は白山伏流水蔵元の「山本酒造本店」は明治元年(1868)創業。所在地は能美市末寺町。

出典:講談社
(C)Kodansha 2010.
本事典は現在流通している、あるいは過去に存在した本格焼酎・泡盛の銘柄を集めたものです。限定品や終売品、蔵元の転廃業などで既になくなった銘柄も含まれていますのでご了承下さい。それぞれの情報は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

べんけい【弁慶】
源義経の郎従。武蔵坊と称する。没年は衣川の合戦で義経に殉じたとする伝承にもとづいて1189年(文治5)とされる。《吾妻鏡》や《平家物語》にその名が見えるので,実在の人物と考えられているが,詳しくは不明。その説話や伝承は,《義経記》をはじめ室町時代の物語草子,謡曲,幸若舞などに見え,各地の口碑伝説としても伝えられている。江戸時代になると,歌舞伎,瑠璃などの登場人物となってさまざまに脚色され,明治以後も唱歌に歌われるなど,弁慶ほど人々から親しまれた英雄豪傑も少ない。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

べんけい【弁慶】
○?~1189 平安末・鎌倉初期の僧。「吾妻鏡」「義経記」などの伝えるところによれば、熊野の別当の子で比叡山西塔で修行し武蔵坊と称して武勇を好んだ。のち、源義経に仕えた。義経の奥州落ちに従い、安宅関、衣川の合戦などでの武勇は能・歌舞伎などに多く脚色された。
が強かったところから 強いもの、強がる者のたとえ。 内-
が七つ道具を背負った姿、あるいは体中に矢を受けた姿になぞらえていう 竹筒に穴をあけ、その穴に勝手道具や団扇などを差すようにしたもの。また、花かんざしなどを差しておく藁わらを束ねたものにもいう。
たいこもち。幇間ほうかん判官きやくへいろ〱と讒こみずをいうて、ほかへ導く-衆も有よし/洒落本・秘事真告
「弁慶縞」の略。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

弁慶
べんけい
伝説色の濃い豪勇の法師。武蔵坊(むさしぼう)と称し、源義経(よしつね)の家来として活躍した。『吾妻鏡(あづまかがみ)』文治(ぶんじ)元年(1185)11月3日と6日の条に、源頼朝(よりとも)の追討を避けて京都を落ちる源行家(ゆきいえ)・義経の従者の1人に「弁慶法師」「武蔵房弁慶」とみえる。そのほか『平家物語』『源平盛衰記』などに名がみえるが、その生涯は明らかでない。『義経記(ぎけいき)』などによると、熊野の別当(べっとう)の子で、鬼若と名づけられ、比叡(ひえい)山の西塔(さいとう)で修行した。山を抜け出してのち播磨(はりま)国の書写(しょしゃ)山(兵庫県姫路市)を焼く。洛中(らくちゅう)に出て他人の太刀(たち)を奪い取り、1000本目に義経の太刀をねらったが果たせず、義経と君臣の契約を結び、以後彼に従う。ついに奥州へ落ちた義経は1189年(文治5)自害するが、このとき弁慶は立往生を遂げたといわれる。謡曲『船(ふな)弁慶』『橋弁慶』『安宅(あたか)』、歌舞伎(かぶき)『勧進帳(かんじんちょう)』『弁慶上使(じょうし)』などに英雄的人物として描かれている。[田辺久子]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

動植物名よみかた辞典 普及版

弁慶 (ベンケイ)
植物。キク科の多年草サワアザミの別称

出典:日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

旺文社日本史事典 三訂版

弁慶
べんけい
?〜1189
鎌倉初期の僧兵
源義経の従臣で,武蔵坊と号す。『吾妻鏡』にその名がみえるほか,『平家物語』『源平盛衰記』に活動の一部を記すだけで事績は明らかでない。むしろ室町時代の『義経記』『弁慶物語』などによって国民的英雄・豪傑に創作され知られるようになった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
金澤利明 竹内秀一 藤野雅己 牧内利之 真中幹夫
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

弁慶」の用語解説はコトバンクが提供しています。

弁慶の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation