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弘道館【こうどうかん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

弘道館
こうどうかん
江戸時代末期,水戸藩徳川斉昭によって創設された学校。天保 12 (1841) 年,青山延于 (のぶゆき) ,会沢安総裁として開校し,水戸城内に文武2館を設け,15歳から 40歳までの藩士子弟を教育。実用主義の立場から洋学も取入れ,後期水戸学の尊王攘夷思想を吹した。このほか肥前,福山谷田部彦根の各藩校も弘道館と称した。

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デジタル大辞泉

こうどう‐かん〔コウダウクワン〕【弘道館】
水戸藩の藩校。天保12年(1841)藩主徳川斉昭(なりあき)が創設。尊王攘夷思想を鼓吹した。水戸城三の丸跡に残る建物正門は国の重要文化財。同名の藩校が彦根藩佐賀藩などにもあった。

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世界大百科事典 第2版

こうどうかん【弘道館】
水戸藩の藩校。9代藩主徳川斉昭が1841年(天保12)に創立。敷地面積は17万8400m2。正庁,至善堂,文館,武館,医学館,調練場などを設け,15~40歳の藩士子弟を教育。教育精神は,斉昭の《弘道館記》,藤田東湖の《弘道館記述義》に明記されており,水戸学の尊王攘夷思想を鼓吹するとともに,実用主義の立場から西洋医学も取り入れた。1952年,旧弘道館として国の特別史跡に指定。藩学【鈴木 暎一】

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

こうどうかん【弘道館】
水戸藩の藩校。1841年、藩主徳川斉昭なりあきの創設。水戸学の中心として尊王攘夷論者を多数生んだ。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

弘道館
こうどうかん
江戸後期の水戸藩校。藩主徳川斉昭(なりあき)が藩政改革の一環として計画し、1841年(天保12)8月仮開館した。総裁青山拙斎(延于(のぶゆき))、会沢安(あいざわやすし)(正志斎(せいしさい))。しかし斉昭が幕命で失脚、1849年(嘉永2)ようやく藩政関与を許されるなどの政変のため、本開館式はやっと1857年(安政4)5月、水戸藩安政(あんせい)改革中に挙行された。藩校は1871年(明治4)廃藩置県まで、およそ30年間続いた。創立を1838年(天保9)とする説があるのは、斉昭の命で家臣の藤田東湖(とうこ)が建学の大意を記した『弘道館記』が同年に完成しているためであるが、実際に水戸城三の丸の重臣らの屋敷をほかに移して、建物がほぼ竣工(しゅんこう)したのは、仮開館の年である。水戸に先行する同名の藩校は佐賀・福山・彦根(ひこね)藩など5校あるが、水戸の弘道館がとくに有名なのは、敷地が5万7000坪にも及ぶ広大なこと、『弘道館記』が水戸学の集中的表現とみなされることである。そして館記の「敬神崇儒」の方針により、敷地内には学館のほか、孔子廟(こうしびょう)とともに鹿島(かしま)神社が祀(まつ)られている点などは、全国的に珍しい。また領民に対する種痘(しゅとう)の本拠となった医学館が併設されたことも注目される。[瀬谷義彦]
『名越漠然著『水戸弘道館大観』復刻版(1981・常陸書房)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

こうどう‐かん コウダウクヮン【弘道館】
[一] 水戸藩の藩校。藩主徳川斉昭の創建で天保一二年(一八四一)開校。総裁青山延于・会沢安。尊王攘夷思想を鼓吹し、水戸学のもととなった。元治元年(一八六四)大部分が焼失した。
[二] 佐賀藩・彦根藩などの藩校の名。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

弘道館
こうどうかん
江戸末期,水戸藩の藩校
水戸藩には早くから『大日本史』の編修所として江戸に彰考館があり,藩校の設立は遅れたが徳川斉昭 (なりあき) のとき,1841年水戸に弘道館を設立。尊王攘夷の水戸学精神を鼓吹するとともに,洋学の技術をも教授した

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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