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役小角【えんのおづぬ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

役小角
えんのおづぬ
奈良時代の山岳呪術者。役行者,役の優婆塞ともいわれる。寛政 11 (1799) 年に修験道開祖と仰がれ,神変大菩薩の勅諡号を受けた。大和国南葛城郡茅原に生れ,32歳のとき葛城山登り孔雀明王の像を岩窟に安置して草衣木食し,持呪観法して不思議の験術を得たといわれる。また諸山岳を踏破し,大和の金峯山,大峰山などを開いて修行したが,彼の呪術は世間の人を惑わすものであるとされ伊豆に流された。のち許されて京に帰ったが以後消息は不明。山岳信仰密教とが合流するようになって修験者の理想像とされ,平安時代以降一般の信仰を受け,その足跡を伝える説話は全国の霊山幽谷の地にできあがった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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朝日新聞掲載「キーワード」

役小角
えんのおづぬ」とも読み、一般的には「役行者」と呼ばれる。続日本紀に登場する。634年に現在の御所市で生まれ、葛城山や生駒山で修行し、前鬼(ぜんき)と後鬼(ごき)を弟子にしたと伝わる。吉野大峯での修行で現れた蔵王権現の像を桜の木に彫った逸話から、吉野山は桜の名所になった。
(2016-01-18 朝日新聞 朝刊 奈良1・1地方)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

役小角 えんの-おづぬ
?-? 飛鳥(あすか)時代の呪術(じゅじゅつ)者。
大和(奈良県)葛城山にすむ。文武天皇3年(699)妖言によって人をまどわすと弟子の韓国広足(からくにの-ひろたり)に中傷され,伊豆に流される。「日本霊異記」の説話にもみえ,真言密教の呪法をおさめ,神仙術をおこなう人物となっている。平安中期以降山岳宗教の修験道(しゅげんどう)とむすびつき,やがてその開とされた。通称は役行者(えんのぎょうじゃ),役優婆塞(えんのうばそく)。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

えんのおづぬ【役小角】

出典:株式会社平凡社
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精選版 日本国語大辞典

えん‐の‐おづの ‥をづの【役小角】
奈良時代の山岳呪術者。修験道の祖。諡(おくりな)は神変大菩薩。大和葛城山で苦行修道し、吉野の金峰山(きんぷせん)、大峰を開く。文武天皇の時、渡来人系の呪術師らの讒言によって一時伊豆に配流されたという。呪術にすぐれ、神仏調和を唱え、平安時代初期に天台、真言宗の密教的側面が山岳信仰と習合し、修験道(しゅげんどう)が発展するにつれて役行者(えんのぎょうじゃ)と呼ばれて多くの伝説を残す。えんのおづぬ。えんのしょうかく。役優婆塞(えんのうばそく)。生没年不詳。

出典:精選版 日本国語大辞典
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えん‐の‐しょうかく ‥セウカク【役小角】

出典:精選版 日本国語大辞典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

役小角
えんのおづぬ

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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