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待庵【たいあん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

待庵
たいあん
京都府乙訓郡大山崎町にある妙喜庵茶室。天正年間 (1573~92) 頃建てられた千利休好みの典型的な草庵茶室として有名。現存の茶室のうち最古のものと考えられ,国宝 (こけら) ぶきの切妻造で,南側の妻に土庇 (どびさし) を設ける。妙喜書院の縁側から延段 (のべだん) を経て土庇までの空間が露地を形成し,土庇のたたきには躙口 (にじりぐち) へ続く飛び石を置く。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

たいあん【待庵】

出典:株式会社平凡社
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家とインテリアの用語がわかる辞典

たいあん【待庵】
京都府大山崎(おおやまざき)町にある、東福寺の末寺妙喜庵(みょうきあん)の茶室。国宝。現存最古の茶室で、1582(天正10)年に豊臣秀吉(とよとみひでよし)の命によって千利休(せんのりきゅう)が作ったと伝えられる。が切られた2畳の間と半畳程度の床、板敷き付きの1畳の次の間、1畳の勝手の間からなる。

出典:講談社
(C)Kodansha 2011.
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日本大百科全書(ニッポニカ)

待庵
たいあん

京都府乙訓(おとくに)郡大山崎(おおやまざき)町の禅刹(ぜんさつ)・妙喜庵(みょうきあん)(東福寺末寺)にある茶室。国宝。確証はないが、江戸時代から千利休(せんのりきゅう)の遺構と伝えられてきた。室町時代の書院(重要文化財)に接続して南向きに建てられ、杮葺(こけらぶ)き切妻造の前面に深い土間庇(どまびさし)を付加している。書院の縁から延段(のべだん)が土間庇に向かい、飛び石で躙口(にじりぐち)に導かれる。内部は二畳隅炉、正面に四尺床を構え、次の間と勝手一畳がついている。床は三方を塗り回した室床(むろどこ)の形式で、節が三か所もある丸太を框(かまち)に用い、床の伝統を打破し、わび茶の主張に徹した構えをくふうしている。床天井がきわめて低いのもその表れである。室内の一隅の柱を消して塗り回し、天井に化粧屋根裏を組み合わせて、狭さを感じさせない卓抜な手法をみせるとともに、下地(したじ)窓と連子(れんじ)窓の配置を通じて微妙な明暗の分布を追求して、精神性の深い緊張した空間をつくりあげている。そこには利休の理想としたわび茶の境地がみなぎっており、わびの空間造形の極致を示している。室内の小壁に掲げられている額の文字は、僧芳叔(ほうしゅく)(1735没)の筆で、昔は利休の文字を刻んだ額があったが失われたという。

[中村昌生]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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