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後二条師通記【ごにじょうもろみちき】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

後二条師通記
ごにじょうもろみちき
藤原師通 (通称後二条関白) の日記。『後二条関白記』『師通公記』『後二条殿記』などとも呼ばれる。師通が内大臣に任じられた永保3 (1083) 年から康和1 (99) 年関白在任中に没するまでに及んでいるため,当時の政治史絶好史料原本1巻と古写本 29巻が京都の陽明文庫に収められている。『大日本古記録所収

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世界大百科事典 第2版

ごにじょうもろみちき【後二条師通記】
藤原師通の日記。《後二条殿記》《後二条関白記》《師通公記》などとも称され,内大臣に任じられた1083年(永保3)より,没した99年(康和1)に及ぶ(うち5年分欠)。記事の内容は公私にわたるが,とりわけ朝廷の政務儀式に関する記述は精細で,《中右記》とともに当代の公家社会の姿を知る基本史料。陽明文庫に自筆本1巻,平安時代末期の古写本29巻を存する。《大日本古記録》所収。【吉岡 真之】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

後二条師通記
ごにじょうもろみちき

関白内大臣藤原師通の日記。『後二条関白記』『後二条殿記』『師通公記』とも称する。1083年(永保3)任内大臣の22歳より、1099年(康和1)関白当職38歳にて薨(こう)ずるまでの17年にわたる。このうち「寛治(かんじ)七年(1093)二月篤子内親王立后記」1巻が自筆本、寛治元年(1087)、嘉保(かほう)2年(1095)、承徳(じょうとく)元、2年(1097、98)4か年分を除く29巻(ただし、嘉保元年分は摂関大臣補任(ぶにん)先例のみで日記記述はなく、また四季不完の年のある反面年季が重複する巻もある)が古写本で近衛(このえ)家に伝わり、現在陽明文庫に所蔵。この古写本はその奥書などによると、1151年(仁平1)記主の孫頼長(よりなが)のもとにてその家司(けいし)らにより書写校合されたものと考えられる。

 ほかに、この古写本に含まれない応徳(おうとく)3年(1086)秋冬、寛治2年(1088)秋冬、同5年春、同6年春、同7年春、夏の6巻に該当する新写本が宮内庁書陵部その他に蔵せられる。平安末期の院政初期における朝野情勢を知る貴重史料。『大日本古記録』に所収。

[名和 修]

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