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後藤基清【ごとう もときよ】

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

後藤基清 ごとう-もときよ
?-1221 鎌倉時代の武将。
佐藤中清の子。後藤実基養子。源頼朝につかえ,平氏追討に活躍して讃岐(さぬき)守護となる。正治(しょうじ)元年中原政経らと源通親襲撃をはかり,流罪。のち,ゆるされて検非違使(けびいし)をつとめ,また播磨(はりま)守護となった。承久(じょうきゅう)の乱で後鳥羽(とば)上皇側について捕らえられ,承久3年7月2日子の基綱にきられた。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ごとうもときよ【後藤基清】
1155‐1221(久寿2‐承久3)
鎌倉前期の武士。佐藤仲清の子。後藤実基の養子。左衛門尉,検非違使に任じ,在京御家人として,1196年(建久7)平知盛の子知忠の謀叛を鎮定し,1218年(建保6)には伊勢平氏余流の平正重の反乱をおさえた。讃岐守護にも任じたが,1199年(正治1)将軍源頼家によって罷免された。また建保~承久のころ播磨守護に任じたが,承久の乱に朝廷軍に与同し刑死した。【小田 雄三】

出典:株式会社平凡社
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