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御三卿【ごさんきょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

御三卿
ごさんきょう
江戸時代,徳川氏一族のうち,田安家一橋家清水家の3家は,官職としていずれも八省のに任じられるのが例であったことからこう呼ばれた。田安家は8代将軍吉宗の次男宗武から,一橋家は同4男宗尹 (むねただ) から,清水家は9代将軍家重の次男重好から出た。

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デジタル大辞泉

ご‐さんきょう〔‐サンキヤウ〕【御三×卿】
徳川将軍家の一族で、田安一橋清水の三家をさす。田安は8代将軍吉宗の子で宗武、一橋は同じく宗尹(むねただ)、清水は9代将軍家重の子で重好に始まる。三卿

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世界大百科事典 第2版

ごさんきょう【御三卿】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

御三卿
ごさんきょう

江戸時代中期に将軍家より分立した徳川姓の3家。8代将軍吉宗(よしむね)の二男宗武(むねたけ)と四男宗尹(むねただ)をそれぞれ祖とする田安(たやす)家・一橋(ひとつばし)家、9代家重(いえしげ)の二男重好(しげよし)を祖とする清水(しみず)家で、ともに江戸城内の屋敷に近い門の名をとっている。所領は各10万石で、家老その他の役人は幕臣をもって任じた。将軍に継嗣(けいし)のないときは将軍家を相続することができた。11代家斉(いえなり)は一橋家から、15代慶喜(よしのぶ)は水戸(みと)家から一橋家に入り、それぞれ宗家を継いだ。代々各家当主の官名が律令(りつりょう)制の八省の長官(卿)である場合が多いので御三卿とよばれた。

[上野秀治]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ご‐さんきょう ‥サンキャウ【御三卿】
(「ご」は接頭語) 徳川将軍家の一族。田安、一橋、清水の三家。一説に官位が八省の卿(かみ)に叙任される慣例から三卿という。田安は八代将軍吉宗の次男宗武、一橋は同将軍の四男宗尹、清水は九代将軍家重の次男重好を始祖とする。御三家と将軍家との間柄が、血縁的にも疎遠になったための措置とされる。
※武江雑纂(1800)七五「学問所 同所 御三家御三卿等、御通行之節」

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

御三卿
ごさんきょう
江戸時代,徳川氏の一族で,田安・一橋・清水の3家をいう
8代将軍徳川吉宗が子宗武・宗尹 (むねただ) に田安・一橋家を,9代将軍家重が子重好に清水家をたてさせた。御三家と同じく将軍を助け将軍に子のないときは継嗣を出すが,同時に御三家を抑える意図をもった。はもたず江戸城田安門・一橋門・清水門内に住み,10万石の賄料 (まかないりよう) を与えられた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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