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御庭番【オニワバン】

デジタル大辞泉

おにわ‐ばん〔おには‐〕【御庭番】
江戸幕府の職名。8代将軍徳川吉宗が設置した、将軍直属の隠密(おんみつ)。表向きは御庭御番所に勤めたが、内密の御用御側御用取次指図を受け、諸大名領地に潜入して、その動静や政治・軍事などの機密を探り、報告した。

出典:小学館
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とっさの日本語便利帳

御庭番
吉宗が創設した隠密職。江戸城奥庭の警護というのが表向きの任務であるが、将軍の直接の命を受けて、諸藩の動静・実情調査や情報収集などを内密裡に行った。隠密(おんみつ)とは、南北朝から戦国を経て江戸にかけ、密偵、間者として暗躍した下級武士。忍びの者ともいう。甲賀者、伊賀者など。

出典:(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」

世界大百科事典 第2版

おにわばん【御庭番】
江戸幕府の職名。1716年(享保1)徳川吉宗の8代将軍襲職のとき,紀州家から薬込役16人と馬口之者1人を幕府にともない,彼らを〈御庭番家筋〉と定めて隠密御用に用いたのがはじまりである。のち分家が生じて26家となり,その後22家となって幕末にいたった。御目見(おめみえ)以上に両番格御庭番(役高200俵)・小十人格御庭番(役高100俵持扶持),御目見以下に添番御庭番(役高100俵)・添番並御庭番(役高50俵持扶持)・休息御庭締戸番(役高50俵)・伊賀御庭番(役高不明)があった。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

御庭番
おにわばん

江戸幕府の役職の一つ。8代将軍徳川吉宗(よしむね)の創設。若年寄支配。1716年(享保1)吉宗が紀州から連れてきた家臣のうち、村垣左太夫ら17人を御広敷伊賀者(おひろしきいがもの)に任命して、大奥の動向を探らせたのに始まる。19年これを改編して御庭番とし、番所を本丸天守台下に設け、また二の丸御休息(ごきゅうそく)、西の丸山里門に詰所を分置し、毎夕交替で宿直して各御殿の門庭の警備にあたることを日常の任務とし、また将軍直属の諜報(ちょうほう)機関として、ときに将軍の御直御用(おんじきごよう)、または御用取次、老中の内命を受けて、大名の動静や民政の実情などの探索にあたった。職掌上、17家の世襲とされたが、なかには絶家したもの、二男、三男で分家に取り立てられたものなどがあり、年代により家数、人員に増減がみられる。また御目見(おめみえ)以上の両番格(200俵高)、同以下の小十人(こじゅうにん)格(100俵高、持扶持(もちぶち))、添番並(そえばんなみ)(50俵高、持扶持)、御庭之者支配(役扶持七人扶持)などの階層があり、なかには梶野土佐守(かじのとさのかみ)、明楽飛騨守(ひだのかみ)、村垣淡路守(むらがきあわじのかみ)(定行)のように勘定奉行に昇進した者もある。

[渡邉一郎]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

おにわ‐ばん おには‥【御庭番】
〘名〙 江戸幕府の職名。将軍直属の密偵。旗本のなかから任命され、諸大名の領地に潜入して、政治、軍事などの機密、城池の形勢などを探った。命令、報告は、幕府の他の機関を経ずに、直接将軍との間で行なわれ、出発および帰還の際、ひそかに後庭から出入りしたので、この名がある。

出典:精選版 日本国語大辞典
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