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徳川夢声【とくがわ むせい】

美術人名辞典

徳川夢声
漫談家、著述家。映画説明者(活動写真弁士)本名駿雄、号含宙軒・夢諦軒。「ゆうもあくらぶ」会長、博物館明治村村長、日本放送芸能協会理事。昭和46年(1971)歿、77才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

とくがわ‐むせい〔トクがは‐〕【徳川夢声】
[1894~1971]芸能家・随筆家。島根の生まれ。本名、福原駿雄。無声映画弁士として名をあげ、のち、俳優漫談家司会者として活躍。巧みな話術を称賛された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

徳川夢声 とくがわ-むせい
1894-1971 大正-昭和時代の活動弁士,俳優,漫談家。
明治27年4月13日生まれ。無声映画の弁士をへて昭和8年古川緑波(ろっぱ)らと劇団「笑の王国」を結成。14年からラジオで吉川英治の「宮本武蔵」を朗読,話芸の達人といわれた。戦後はNHKのラジオ「話の泉」,テレビ「こんにゃく問答」などに出演。随筆,俳句にもすぐれた。昭和46年8月1日死去。77歳。島根県出身。東京府立第一中学卒。本名は福原駿雄。
【格言など】おい,いい夫婦だったなあ(死の直前に枕もとの妻へ)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

とくがわむせい【徳川夢声】
1894‐1971(明治27‐昭和46)
映画説明者・著述業・漫談家。本名福原駿雄。島根県の生れ。東京府立一中を卒業後,無声映画時代に映画説明者(いわゆる活弁)となり,気のきいた説明で欧米映画の名説明者として知られていた。トーキー時代になって失業,しかし,漫談や放送(ラジオ)芸能に転向して,吉川英治の《宮本武蔵》の朗読などで,人気を得た。また俳優としても〈笑いの王国〉〈文学座〉などに出演して,卓抜な演技を見せた。ジャーナリズムでも,文筆,対談の分野に才能を示したほか,晩年はテレビの司会も多く行った。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

とくがわむせい【徳川夢声】
1894~1971) 漫談家。島根県生まれ。本名福原駿雄。赤坂葵館・新宿武蔵野館の主任弁士であったが、トーキー後は俳優・声優などに転じ、ラジオの朗読に独特の境地を開拓した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

徳川夢声
とくがわむせい
[生]1894.4.13. 島根
[没]1971.8.1. 東京
放送芸能家,俳優。本名福原駿雄。無声映画時代弁士 (説明者) をつとめ,その後漫談,朗読話術にすぐれた才能を発揮した。 1913年芝の第二福宝館主任弁士清水霊山の門下となり,日活専属で葵館の弁士をつとめ,22年東洋キネマ武蔵野館専属となる。トーキーの出現により,33年弁士を廃業。「笑いの王国」を,古川緑波,大辻司郎,菊田一夫らと発足させる。 37年文学座の創立に参加し,42年には丸山定夫,薄田研二らと苦楽座を結成,映画にも多数出演しているが,俳優としてよりはむしろラジオドラマ『宮本武蔵』『西遊記』などの朗読に新境地を開いた功績が大きい。 50年放送文化賞,54年菊池寛賞,57年紫綬褒章受章。著書に『くらがり二十年』 (1934) などがある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

徳川夢声
とくがわむせい
(1894―1971)
俳優、放送芸能家。本名福原駿雄(としお)。島根県生まれ。東京府立一中卒業後、活動写真の弁士(無声映画説明者)を志し清水霊山に弟子入り、のち赤坂葵(あおい)館、新宿武蔵野(むさしの)館の各主任弁士を務める。トーキー出現後は、「笑の王国」や文学座の旗揚げに参加、また丸山定夫らと苦楽座を結成するなど俳優として活躍する一方、NHKラジオに出演、漫談、物語などに独特の境地を開き、第二次世界大戦後はラジオの「話の泉」の解答者として親しまれた。映画出演も多い。テレビにも初期のころから出演、司会、対談など多芸多才ぶりを発揮した。文才にもたけ、著書、随筆も多い。第1回NHK放送文化賞、菊池寛賞、紫綬褒章(しじゅほうしょう)などを受賞。明治村の村長も務めた。[向井爽也]
『『夢声自伝』全三巻(1978・講談社) ▽三国一朗著『徳川夢声の世界』(1979・青蛙房)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

とくがわ‐むせい【徳川夢声】
俳優、放送芸能家、随筆家。本名、福原駿雄(としお)。島根県生まれ。活動写真の弁士を経て俳優となり、NHKラジオに出演して漫談や物語朗読などに活躍。明治二七~昭和四六年(一八九四‐一九七一

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