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徳川家重【とくがわいえしげ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

徳川家重
とくがわいえしげ
[生]正徳1(1711).12.21. 江戸
[没]宝暦11(1761).6.12. 江戸
江戸幕府9代将軍 (在職 1745~60) 。吉宗の長男。母は大久保忠旧の娘。幼名は長福丸。院号は惇信院。延享2 (45) 年 11月2日将軍宣下。生来虚弱なうえ暗愚であったため吉宗が後見したが,のち大岡忠光言語不明瞭となった家重の側用人として活躍。

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デジタル大辞泉

とくがわ‐いえしげ〔トクがはいへしげ〕【徳川家重】
[1712~1761]江戸幕府第9代将軍。在職1745~1760。吉宗長男生来病弱のため政務に耐えられず、側用人大岡忠光が権勢を振るった。

出典:小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

徳川家重 とくがわ-いえしげ
1712*-1761 江戸幕府9代将軍。在職1745-60。
正徳(しょうとく)元年12月21日生まれ。徳川吉宗(よしむね)の長男。母はお須摩()の方(深徳院)。延享2年将軍となる。体がよわく,言語も不明瞭で,側用人(そばようにん)の大岡忠光(ただみつ)しかその言葉をききとれなかったという。宝暦11年6月12日死去。51歳。幼名は長福。法号は惇信院。

出典:講談社
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

とくがわいえしげ【徳川家重】
1711‐61(正徳1‐宝暦11)
江戸幕府9代将軍。8代将軍吉宗の長子。1745年(延享2)父の譲りを受けて将軍となる。生来虚弱のうえ,若くから大奥の婦女を相手に酒宴にふける生活を続けて健康を害し,やがて言語も不明瞭となり,わずかに側用人大岡忠光のみ聞き分けることができたという。60年(宝暦10)職を嫡子家治に譲り,翌年した。享保改革の余光で幕府財政は表面的には安定の様相を呈していたが,社会の底流は新時代への大きな転機にあった。【辻 達也】

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

とくがわいえしげ【徳川家重】
1711~1761 江戸幕府第九代将軍(1745~1760)。吉宗の長男。幼名長福。身体虚弱で酒色に溺れたという。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

徳川家重
とくがわいえしげ
(1711―1761)
江戸幕府第9代将軍。8代将軍吉宗(よしむね)の長子。生母は側室大久保氏、おすまの方。幼名長福。1745年(延享2)父の譲りを受けて将軍となる。生まれつき虚弱のうえ、若くから大奥の婦女を相手に酒宴にふける生活を続け、健康を害し、やがて言語も不明瞭(めいりょう)となり、わずかに側用人(そばようにん)大岡忠光(ただみつ)のみ聞き分けることができたという。1760年(宝暦10)職を嫡子家治(いえはる)に譲り、翌年没した。法号を惇信院(じゅんしんいん)という。家重の代は、享保(きょうほう)の改革の余光で幕府財政は表面上安定の様相を呈していたが、社会の底流には新しい時代への転機があった。[辻 達也]

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367日誕生日大事典

徳川家重 (とくがわいえしげ)
生年月日:1711年12月21日
江戸時代中期の江戸幕府第9代の将軍
1761年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

とくがわ‐いえしげ【徳川家重】
江戸幕府第九代将軍。吉宗の長男。幼名長福丸。延享二年(一七四五)将軍となる。生来虚弱のうえ言語に明瞭さを欠いたため政務に耐えず、側用人大岡忠光が権勢をふるった。正徳元~宝暦一一年(一七一一‐六一

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

徳川家重
とくがわいえしげ
1711〜61
江戸幕府9代将軍(在職1745〜60)
8代将軍吉宗の長男。吉宗は引退後も大御所として家重を後見。家重は政務に無関心で,また言語不明瞭であったため,そのを解する側用人大岡忠光が重用された。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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