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憲政党【けんせいとう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

憲政党
けんせいとう
日本の政党。 1898年6月 29日自由党 (党首板垣退助 ) と進歩党 (党首大隈重信 ) が憲法擁護,政党内閣樹立を掲げ,藩閥勢力の打倒を目指して合同,結成した。同月大隈を首相,板垣を内相とする日本最初の政党内閣を成立させたが,旧自由党系と旧進歩党系の反目から衝突,内閣は4ヵ月で倒れ,党は分裂解消された。しかし,同年 10月,旧自由党系党員が板垣を党首として新憲政党を結成,一方大隈ら旧進歩党系は憲政本党を結成した。新憲政党は第2次山県有朋内閣を支持したが,1900年に提携を打切り,この年に伊藤博文がつくった立憲政友会合流し,解党した。

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デジタル大辞泉

けんせい‐とう〔‐タウ〕【憲政党】
明治31年(1898)、大隈重信総裁板垣退助を内相とし、自由党進歩党の合同により結成された政党。日本最初の政党内閣隈板(わいはん)内閣)を組織したが、同年、憲政党と憲政本党に分裂。

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世界大百科事典 第2版

けんせいとう【憲政党】
(1)自由党と進歩党の合同で成立した政党。1898年,自由党と進歩党が,第3次伊藤博文内閣が第12議会に提出した地租増徴法案に反対して接近し,衆議院解散後の6月22日,両党を中心に結成した。綱領には政党内閣の樹立,地方自治の発達,通商貿易の拡大,産業の振興国勢に適当した軍備などを掲げた。27日新政党の事実上の指導者大隈重信と板垣退助に組閣の大命が下り,陸海軍大臣を除く全閣僚をはじめ,各省次官や警視総監などに同党幹部が就任して,日本最初の政党内閣が出現した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

けんせいとう【憲政党】
1898年(明治31)6月、板垣退助の自由党と大隈重信の進歩党が合同して結成した政党。日本最初の政党内閣を組織したが、同年10月両派の対立により内閣は瓦解し、旧自由党系の新憲政党と旧進歩党系の憲政本党に分裂した。
1898年(明治31)憲政党分裂後、旧自由党系が組織した政党。1900年解党して立憲政友会に合流。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

憲政党
けんせいとう
明治時代後期の政党。
(1)1898年(明治31)自由党と進歩党が、第三次伊藤博文(ひろぶみ)内閣の第12議会に提出した地租増徴法案に反対して提携を強め、衆議院解散後の6月22日合同して結成した政党。新政党の事実上の指導者大隈重信(おおくましげのぶ)、板垣退助(たいすけ)を中心に組織したいわゆる隈板(わいはん)内閣(第一次大隈内閣)の与党となり、8月の総選挙で260議席の絶対過半数を獲得した。しかし党内の就官要求は抑えがたく、尾崎行雄(ゆきお)文相の共和演説事件を機に官僚勢力からの攻撃も強まり、尾崎辞任後はその後任をめぐって旧自由・進歩両派の対立が激化し、10月に分裂して、29日旧自由派は新たに憲政党を、11月3日旧進歩派は憲政本党を結成した。
(2)1898年(明治31)10月29日、旧自由派を中心に結成された政党。12月には第二次山県有朋(やまがたありとも)内閣と提携し、第13議会に提出された地租増徴案に賛成した。議会後、政府が文官任用令を改正して政党員の就官を制限したため党内は動揺したが、同年の府県会議員選挙で与党の条件を利用して党勢を大幅に拡張した。この間、憲政党の分裂から山県内閣との提携関係を維持する過程での、党内におけるリーダーシップは星亨(とおる)の手腕に依拠するところが大きかった。1900年(明治33)5月、山県首相との党員入閣交渉に失敗すると、急速に伊藤博文の新政党結成の動きに接近し、9月13日解党して立憲政友会の創立に参加した。[宇野俊一]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

けんせい‐とう ‥タウ【憲政党】
[一] 明治三一年(一八九八)板垣退助の自由党と大隈重信の進歩党が合同して結成した政党。憲法擁護、政党内閣樹立を掲げ、同年六月日本最初の政党内閣(板隈内閣)を組織したが、内部対立のため四か月で崩壊。旧自由党系の憲政党と旧進歩党系の憲政本党に分裂した。
[二] 明治三一年一〇月、憲政党の分裂後旧自由党系がその名を踏襲した政党。同三三年解党し、立憲政友会に参加した。新憲政党。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

憲政党
けんせいとう
明治時代の政党(1898〜1900)
第3次伊藤博文内閣が第12議会に地租増徴案を提出すると,野党はこれを解散に追い込み,ついで自由・進歩両党は合同して憲政党を結成した。伊藤内閣の倒壊後,大隈重信・板垣退助を中心とするいわゆる隈板 (わいはん) 内閣を組織したが,間もなく憲政党(旧自由党系)と憲政本党(旧進歩党系)に分裂,前者は1900年に解党し立憲政友会に合流した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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