@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

承元【ショウゲン】

デジタル大辞泉

しょうげん【承元】
《「じょうげん」とも》鎌倉初期、土御門(つちみかど)天皇順徳天皇の時の年号。1207年10月25日~1211年3月9日。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版

しょうげん【承元】
じょうげん承元

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

じょうげん【承元】
年号(1207.10.25~1211.3.9)。建永の後、建暦の前。土御門つちみかど・順徳天皇の代。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本の元号がわかる事典

じょうげん【承元】
日本の元号(年号)。鎌倉時の1207年から1211年まで、土御門(つちみかど)天皇、順徳(じゅんとく)天皇の代の元号。前元号は建永(けんえい)。次元号は建暦(けんりゃく)。1207年(建永2年)10月25日改元。天災の凶事を断ち切るために行われた(災異改元)。『通典(つうてん)』を出典とする命名。この時期、朝廷では後鳥羽(ごとば)上皇による院政が行われていた。承元年間の鎌倉幕府の将軍は源実朝(さねとも)(3代)。執権は北条義時(よしとき)(2代)。1210年(承元4)、土御門天皇は父帝後鳥羽上皇の意向で異母弟の順徳天皇に譲位した。鎌倉幕府に敵愾心を燃やしていた後鳥羽は、穏和な性格の土御門では心もとないとして、気性の激しい順徳への譲位を迫ったといわれる。土御門は上皇となったが、引き続き後鳥羽による院政が行われた。また、承元年間には「承元の法難」と呼ばれる、法然(ほうねん)の率いる教団への弾圧があった。後鳥羽上皇により専修念仏(せんじゅねんぶつ)を禁じられ、法然の高弟4人が死罪、法然と弟子の親鸞(しんらん)らは流罪となった。

出典:講談社
(C)Kodansha.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

じょうげん【承元】
(「しょうげん」とも) 鎌倉時代、土御門天皇・順徳天皇の代の年号。建永二年(一二〇七)一〇月二五日、疱瘡の流行により改元。承元四年(一二一〇)一一月二五日以後順徳天皇の治世。同五年三月九日、建暦(けんりゃく)と改元された。後鳥羽院の院政、将軍源実朝の時代。出典は「通典」に「古者祭以酉時、薦用仲月、近代相承、元日奏祥瑞」とあるのによる。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

承元」の用語解説はコトバンクが提供しています。

承元の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation