@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

揚屋【あげや】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

揚屋
あげや
遊郭太夫など比較的上級の遊女を置屋 (遊女をかかえ,養っている家) から招いて遊興させる店のこと。置屋と揚屋が区別されるようになったのは江戸時代初頭。江戸では宝暦年間 (18世紀なかば) にすたれた。文字は同じだが揚屋 (あがりや) は江戸時代法制用語で,大名や旗本の臣,武士僧侶など身分のある未決囚を入れたところ。 (→吉原 )  

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

あげ‐や【揚屋】
江戸時代、客が太夫(たゆう)天神などの高級な遊女を呼んで遊興した店。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

あがりや【揚屋】
江戸時代の牢屋における特別の部屋。幕府小伝馬町牢屋では収監者を身分によって分隔拘禁したが,武士を収容するのが揚座敷(あがりざしき)と揚屋である。500石未満の御目見(おめみえ)以上直参(じきさん)の武士は揚座敷,御目見以下の直参,陪臣は揚屋に入れ,僧侶,神職も格式により揚座敷,揚屋に分けた。いずれも雑居拘禁であるが,揚座敷に比べると揚屋は食事をはじめとする処遇牢名主の支配など,実情は庶民のとそれほど差異はない。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

あげや【揚屋】
遊女を招いて遊興させる家。遊興の形式には,客が遊女屋へあがる形式と,別の場所へ遊女を招く形式とがあり,揚屋は後者一例である。この制度の起源は不明だが,寛永期(1624‐44)にはすでに整備されていた。私娼(ししよう)を呼ぶ家と違い,遊郭内で費用も高い揚屋が設けられたのは,おもに上級武士客の必要に応じたもので,揚屋へあがるときは腰の物を預ける規則であった。また,遊女の出張・派遣(町売りという)を禁止したことにも関連していると考えられる。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

揚屋
あげや

遊廓(ゆうかく)で遊女を招いて遊興させる店。遊女屋とは別に、遊興の場所のみを提供する店として揚屋が登場するのは近世初期である。遊女屋での遊興に比べて費用は高くても、優雅な待遇を求める需要に応じたものである。したがって、揚屋を利用するのは太夫(たゆう)、格子(こうし)などの高級遊女の客に限られ、中以下の遊女を招く店は茶屋、私娼(ししょう)街での類似店は呼屋(よびや)といって区別した。揚屋のある遊廓でも下級妓(ぎ)は遊女屋に客を揚げた。遊女が揚屋へ往復するときは従者を連れて行列し、これを道中と称した。花魁(おいらん)道中の原型である。江戸の新吉原では、1760年(宝暦10)ごろに揚屋が消滅し、かわりに独特な引手(ひきて)茶屋の制度が生まれた。

[原島陽一]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

あがり‐や【揚屋】
〘名〙
① 江戸時代の牢屋の一つ。江戸小伝馬町の牢屋敷に置かれ、御目見(おめみえ)以下の御家人、陪臣(ばいしん)、僧侶、医師などの未決囚を収容した雑居房。西口の揚屋は女牢(おんなろう)といって、揚座敷(あがりざしき)に入れる者を除き、武家、町人の別なく、女囚を収容した。→揚座敷
※咄本・私可多咄(1671)一「中中にくい事じゃ。らうとはきこへぬ、せめてあかりや共なふてと、ののしる」
※川角太閤記(1621‐25頃か)一「風呂御入被成候て、あかりやに御腰を被掛」

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

あげ‐や【揚屋】
〘名〙 近世、遊里で、客が遊女屋から太夫、天神、格子など高級な遊女を呼んで遊興する店。大坂では明治まで続いたが、江戸吉原では宝暦一〇年(一七六〇)頃になくなり、以後揚屋町の名だけ残った。
※評判記・あづま物語(1642)「あげやを、けんぶつし、大もんのほとりに、たちいづれば」

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典

揚屋
あげや
歌舞伎・浄瑠璃の外題。
初演
明治35.7(東京・本郷座)

出典:日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」
(C) Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

揚屋」の用語解説はコトバンクが提供しています。

揚屋の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation