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撫養【むや】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

撫養
むや
徳島県北東端,鳴門市の中心市街地で,旧吉野川下流低地の北部にある。藩政時代から塩の生産が盛んであったが,現在は全廃。『土佐日記』には「牟野 (むや) 」と記されている。室町時代には三好氏城下町であったが,天正 13 (1585) 年蜂須賀家政が阿波九城の一つ岡崎城を築いてから,淡路渡海の押えの地として特に発展した。現在も阪神と船の連絡があり,大鳴門橋の完成 (1985.6) により再び四国の玄関口となっている。なお,塩田跡地は総合グラウンド,野球場などに利用。ワカメ名産

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デジタル大辞泉

ぶ‐よう〔‐ヤウ〕【×撫養】
[名](スル)かわいがってやしなうこと。撫育

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日本大百科全書(ニッポニカ)

撫養
むや

徳島県北東部、鳴門(なると)市の中心地区。撫養川河口にあり、古くから畿内(きない)と阿波(あわ)(徳島県)を結ぶ交通の要地であった。「むや」は舟をつなぐ意の「舫(もや)う」の転訛(てんか)で港の意とする説もある。牟夜ノ戸(むやのと)ともいい、鎌倉時代に四国に配流された土御門(つちみかど)上皇も撫養に上陸したといわれる。江戸時代には藍(あい)、塩、たばこなどの積み出し、米、麦、大豆、肥料などの積み入れでにぎわった。江戸初期に開発された塩田も現在では埋め立てられ、総合運動場や公園に変貌(へんぼう)した。JR鳴門線、国道28号が通じ、神戸淡路鳴門自動車道の鳴門インターチェンジが設置されている。

[高木秀樹]

『浜野虎七著『撫養町誌』(1954・撫養町)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

なで‐やしな・う ‥やしなふ【撫養】
〘他ハ四〙 撫でるようにしてかわいがって養い育てる。撫育(ぶいく)する。
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「親のなでやしなひ給ひし時は」

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ぶ‐よう ‥ヤウ【撫養】
〘名〙 かわいがりやしなうこと。撫育。
※続日本紀‐和銅五年(712)正月乙丙「国司等宜勤加撫養量賑恤」 〔李密‐陳情事表〕

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むや【撫養】
徳島県鳴門市の中心地区。旧板野郡撫養町。上代からの港町で、塩業の町としても知られた。牟夜。牟野。〔書言字考節用集(1717)〕

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