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散所【さんじょ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

散所
さんじょ
古代から中世にかけて存在した賤民。もとは,貴族社寺の所領の一形態で,地子物 (年貢) の弁済を免除されるかわりに,住民領主に対して雑役をつとめた地域をいい,やがて,そこの住民をさすようになった。一定の集団生活を営み,その業務は,(1) 荘園領主の居住地周辺で,警衛,掃除などの雑役をつとめた者,(2) 交通の要衝である山科,大津,,水無瀬などにおかれ,水陸運輸に奉仕した者,(3) 各荘園の内部にあって狩猟漁労など供御 (くご) の所役に従った者,という3つの類型があった。応仁の乱以後は,荘園を基盤とする社寺権門の没落とともに消滅し,やがて陰陽師や雑芸人として奉仕するようになった。 (→ )

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

さん‐じょ【散所】
随身(ずいじん)などがその本官の役所に出仕せず、他の者、特に有力貴族などに所属していること。また、その人。
古代末期から中世にかけて、貴族や社寺に隷属し、労務を提供する代わりに年貢を免除された人々の居住地。また、その住民。鎌倉中期以降、浮浪生活者などを散所とよぶようになり、多く賤民視された。中世末から近世にかけては、卜占(ぼくせん)や遊芸を業とする者も現れた。

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世界大百科事典 第2版

さんじょ【散所】
この語は,現在知られているかぎりでは奈良時代の747年(天平19)の文書に初めてあらわれており,当時より平安時代初期のころまでは,だいたいにおいて直接的な支配・管理の系統には属さない場・人を意味する語として用いられていたようである。平安時代中期ごろから室町時代にかけては,荘園領主の領地の一部,および,そこに定住することを認められて年貢の代りに雑役を務めた人をさす語として用いられるようになり,以降江戸時代にかけては,とくに賤視された人々の一部,ならびにその集住地をさす語として流布・定着し,近代におよんだものとみられる。

出典:株式会社平凡社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

散所
さんじょ

本所(ほんじょ)に対しての散所の意で、正規ではない散在の所という意味。それがさす内容は時代によって大きく変化する。律令(りつりょう)官職制では、院宮諸家に賜与された舎人(とねり)、雑色(ぞうしき)などを散所舎人、雑色といい、また、官衙(かんが)に対して、控えの場所を散所といった。ついで荘園(しょうえん)体制下では、権門(けんもん)(院宮諸家)の本家を本所として、散在する荘園的所領、別荘、御願寺(ごがんじ)、津木屋所(つのきやどころ)(材木集積所)、牧(まき)などを散所とよび、そこに付属する寄人(よりゅうど)的な身分を散所雑色などとよんだ。たとえば摂津(せっつ)水成瀬郷(みなせごう)の田堵(たと)は、同時に八幡宮(はちまんぐう)寄人であり、殿下(でんか)散所雑色でもあったし、摂関家大番(せっかんけおおばん)舎人も同様に寄人的存在であった。彼らは奉仕者集団を形成し、夫役(ぶやく)や手工業製品・農産物・商品などの貢進、造船、艤舟(ぎしゅう)、運送など、本所の行事や日常生活に重要な役割を果たした。したがって散所雑色は、田堵、名主(みょうしゅ)層と同一階層の権門寄人であり、これらを卑賤(ひせん)視されたものとする学説があったが、それは妥当ではない。

 ところが、鎌倉中末期ごろから、非人(ひにん)、乞食(こじき)などのなかで、非人の古くからの集住地であり、葬送などの独占権をもっていた京都清水(きよみず)坂などを本所として、その本所非人(坂者(さかもの))に対して散所法師、散所の称が使われるようになり、「散所者」「散所」の語は、しだいに被差別民をさす場合が多くなった。鎌倉期の辞書『名語記(みょうごき)』には、「散所ノ乞食法師」「声聞(しょうもん)法師ハ乞食事也(なり)」とみえ、「散所町」は「コシキ町」と表現されている。鎌倉中期以降、声聞師といわれた大道芸人、乞食、ハンセン病者などの集住地が、洛中(らくちゅう)洛外に増加した結果、その集住地は婉曲(えんきょく)な表現として散所とよばれるようになり、その住人は散所法師、散所非人、散所者、散所人といわれるようになった。なお、大和(やまと)国では声聞師、乞食といわれ、散所の語は彼らに使用されていない。洛中の散所は、基本的には検非違使(けびいし)庁の所管に属していたが、諸家や諸寺社が領知を認められて課役を徴収した散所も多い。

[脇田晴子]

『脇田晴子著「散所論」(部落問題研究所編『部落史の研究 前近代編』所収・1978・部落問題研究所出版部)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

さん‐じょ【散所】
〘名〙
① 名目上特定の官司、集団に属しながら、そこでは職掌を持たず、平常はその長の支配を受けず、他の者特に有力貴族などに付属、奉仕していること。また、その者。転じて、特定の職掌をもたないこと、あるいはある者から見てその支配下にないことのいずれかのみを意味する場合もある。
※延喜式(927)四六「凡行幸之日。召集散所衛士供奉
② 中古末・中世における貴族や社寺の所領の一種。また、その住民。住民は年貢を免除されるかわりに、領主に対して雑役をつとめた。浮浪生活者の集団的定住に由来するものが多く、住民の所役はその居所の所在によって領主身辺の雑役、交通運輸の業務、狩猟漁労などがあった。住民の生活は隷従的で、一般民衆からは賤民として差別されることが多かった。商人、芸能者を多く生んでいる。
※殿暦‐康和四年(1102)四月三〇日「府生敦時に仰散所事、泰仲朝臣仰下之、前例也。彼朝臣雑色所別当云々」
③ 中世後期から江戸時代にかけて、卜占(ぼくせん)や雑芸などを業とした賤民。
※建内記‐正長元年(1428)六月一〇日「被散所者〈声聞師事也〉」

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社日本史事典 三訂版

散所
さんじょ
古代・中世に特殊な集団生活を営んでいた一種の賤民
貢租を免除され雑役に仕した。本来その地域をいったが,やがて住民をさすようになった。大寺社など権門勢家に隷属して交通・運搬清掃・狩猟などに従い,あるいは遊芸人として従事した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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