@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

文化圏【ぶんかけん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

文化圏
ぶんかけん
Kulturkreise
複合体としての一つの文化が分布する範囲。ドイツオーストリア地理学者,民族学者が発展させた学説。 F.ラッツェル,L.フロベニウス,F.グレーブナーらが発展させ,W.シュミットにより完成。文化事象の地理的分布を調査し,質規準と量規準の両面から伝播もしくは共通起源を考察する (→伝播論 ) 。さらに2つの文化が接触または交錯してできる混合形態あるいは接触形態を調査して,歴史を再構成する (→文化変容 ) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

ぶんか‐けん〔ブンクワ‐〕【文化圏】
宗教・風俗習慣などに一致あるいは類似した特徴をもつ地域

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ぶんかけん【文化圏】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

文化圏
ぶんかけん
ドイツ語のKulturkreisの訳語で、等質的な文化が分布している地域をさす。文化圏という用語の使い方には、一般的な用法と、民族学の術語としての特殊な用法とがある。一般的な用法とは、イスラム文化圏、ヘレニズム文化圏というように、イスラム教が分布していることによって、多くの風俗・習慣などに一致がみられる地域、あるいは、かつてのヘレニズム的な文化の分布範囲をさしており、民族学の術語でいうと文化領域の概念に近い。これに対して民族学の専門用語としての文化圏は、19世紀末から20世紀初めにかけてのドイツ・オーストリアの歴史民族学において、特殊な意味内容において用いられたものであって、文化圏の概念を用いて、人類の初期文化史の再構成を行ったために、この学派の説を文化圏説とよぶことも多かったほどである。[大林太良]

文化圏と文化層

ドイツ・オーストリアの歴史民族学で用いられた文化圏の概念は、一定の地域に特徴的な文化要素の複合体をさしており、この複合体は基本的にはこの地域にだけみいだされるものであり、また住民、道具、宗教観念、親族組織など、文化にとって必須(ひっす)の範疇(はんちゅう)をすべて含んでいるものである。このような文化圏の概念は1898年にフロベニウスによって導入され、20世紀初めにグレープナーによって精緻(せいち)にされ、さらにシュミットによって世界的な規模における文化圏体系に押し進められた。このような文化圏の用法の一例として、グレープナーが1904年に初めて提案し、09年に修正提案したオセアニアにおける文化圏をあげよう。グレープナーは、基本的にはオーストラリア文化、トーテミズム文化、母権双分制文化、メラネシア文化、ポリネシア文化という五つの文化複合がオセアニアに存在し、これらの文化複合は、空間的には、たとえばオーストラリア文化はオーストラリア、ポリネシア文化はポリネシアというように、それぞれ異なる分布領域をもつことから文化圏としてとらえることができる。他方においては、これらの文化複合は先に述べた順序でオセアニアに進入し登場したものであって、古オーストラリア文化は、オセアニアにおける最古の文化層であり、ポリネシア文化はもっとも新しい文化層であるというように、時間的にみれば文化層である。そして一つの文化圏(文化層)は、たとえばトーテミズム文化は父系制、トーテミズム、太陽神話、台上葬、成年式、投槍(とうそう)器、円形小屋、陰茎鞘(さや)などの多くの要素からなる複合体である。シュミットは、グレープナーがオセアニアで設定した文化圏の体系を世界的に拡大したが、そのとき二つの仕方でこれを整理した。一つは、民族学的に再構成しうるもっとも古い文化形態としての原文化、それから発展した次の段階としての第一次文化(これは後で述べるように三つに分かれる)、さらに複数の第一次文化が混合しあってできた第二次文化と第三次文化という、いわば段階づけである。もう一つは、第一次諸文化をトーテミズム大狩猟文化、母権農耕文化、父権牧畜文化というように、親族組織と経済形態との組合せという統一的な命名法を用いたことである。シュミットの文化圏体系は形式的には整っていたが、現実から離れ、文化圏説の没落の大きな原因となった。このような動向に対して反動というべきものに、1930年におけるドイツのバウマンのアフリカにおける文化圏設定があり、地域をアフリカに限り、自然環境、人種、言語などの要因を考慮に入れた具体性の高いものであった。
 文化圏という概念には一定の有効性があり、この概念を用いての文化史研究も、アフリカとかオセアニアのような限られた地域については、注目すべき結果を生み出した。しかし1950年代後半からは、かつての文化圏説の連想を避けるため、民族学では文化圏という語はほとんど用いられず、文化複合のような中立的概念を用いている。[大林太良]
『W・シュミット、W・コッパース著、大野俊一訳『民族と文化』上下(1957、70・河出書房) ▽W・シュミット著、山田隆治訳『母権』(1962・平凡社) ▽蒲生正男編『現代文化人類学のエッセンス』(1978・ぺりかん社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ぶんか‐けん ブンクヮ‥【文化圏】
〘名〙 共通の文化を有する一定範囲の地域。
※歴史文学論(1942)〈岩上順一〉「史伝」的ロマンの主要特質「一つの見事なる文化圏が」

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

文化圏」の用語解説はコトバンクが提供しています。

文化圏の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation