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文化心理学【ぶんかしんりがく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

文化心理学
ぶんかしんりがく
cultural psychology
文化的事象を取扱う心理学人間には,生物としての自然的なと,自然に働きかけてそれを変化させ,その結果を伝達するという文化的な面とがある。文化心理学はこの後者に関係する。その主要な対象は,文化一般の問題,特に宗教芸術言語成立と機能などで,文化人類学分野とほぼ重なる。

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世界大百科事典 第2版

ぶんかしんりがく【文化心理学】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

文化心理学
ぶんかしんりがく
cultural psychology

文化によって人間の行動や心性がどんな影響を受けるか、人間はどのようにして文化をつくりだすか、人間の生得的性能と文化の過程とはどのような相互影響を及ぼし合うか、などの諸問題の心理学的研究をいう。似たような研究領域の名称に心理人類学や異文化間心理学があるが、しだいに文化心理学の名称がアメリカを中心に多用されるようになっている。

 文化の人間性に与える影響は、むろん古くから注目され、民族学などの伝統を生んでいる。心理学においては、実験心理学の開祖であるW・ブントが、晩年に『民族心理学』という10巻の大著を著し、事実上の文化心理学の先駆的業績を遺(のこ)した。しかし、ブントのつくった文化心理学が認知能力に主眼を置いたものだったのに対して、フロイトは人格発達の機制を論じて、この分野に新たな刺激を与えた。彼は、各発達段階における欲求不満が人格のゆがみや神経症などをもたらすとし、また超自我は同性の親のもつ道徳的規範の内在化によって形成されると唱える。このような考え方は、しつけの主導者である母親や父親の行動様式が子供の人格発達を左右する、また父母の有する社会・文化的規範が間接的に超自我のあり方を規定するなどの観念を含んでいる。フロイト自身は、時代思潮に沿ってむしろ人格の生物学的決定要因を重視していたとみられるが、その見地は文化と人格との関連について新しい視点を提示したといえる。

[藤永 保]

文化心理学の二つの主題

その後、B・マリノフスキーは、母系制社会をつくるニューギニアのトロブリアンド島民では、男児のエディプス・コンプレックスは、フロイトのいうように、実の父親に対して抱かれるのではなく、むしろ男児の将来を左右する権限をもつ母方の伯父が対象になることをみいだした。この事実は、人格形成における文化的要因の介入に関して新たな波紋を投じた。またM・ミードは、そのニューギニアにおける三つの未開社会の調査を通じて、文明社会における性差のあり方がかならずしも唯一のものではなく、性役割はむしろ全体としての文化の型によって異なりうることをみいだし、大きな衝撃を与えた。以降1930年代~1940年代には、文化の人格形成に及ぼす影響の研究が急激に隆盛となり、「文化とパーソナリティー」の研究とよばれ文化人類学の中心題目の一つとなった。太平洋戦争に際し、アメリカはこの手法による日本人の国民性の研究を行ったが、R・ベネディクトの『菊と刀』はその代表例である。

 一方これとは別に、W・フンボルト以来、言語と思考との関連はつねに大きな関心をひいてきた。E・サピア、アメリカの言語学者ホワーフBenjamin Lee Whorf(1897―1941)らはインディアン諸語の特性の研究に基づいて、各種族のもつ言語の体系はその文化に属する人々の思考や認識の型づけを行うという「言語相対性の仮説」を唱えて、文化と知性との相互関係に注目を促した。こうして、文化の人格形成および思考様式の形成に及ぼす影響は、今日も依然として文化心理学の二つの主題をなしている。しかし、第二次世界大戦後の国際化の進展に伴い、この分野における諸問題が再認識され、またいっそうの社会的貢献が求められるなどの事情によって、大規模な国際比較研究が盛行し、いきおい、研究領域も急拡大をみるに至っている。旧来の社会心理学、発達心理学、認知心理学、比較心理学などとの融合の動きも盛んである。文化心理学の定義そのものも、心と文化の相互構成の過程の解明というように、再体系化が試みられている。具体的には、研究領域の拡大は、パーソナリティー研究の下位領域ではあるものの、実験心理学的研究の盛んであった情動の分野などにも及んできた。たとえば、東洋人種では乳児期から痛みに対する耐性の高いことが知られてきたが、これは単なる遺伝的人種差によるものではなく、耐性の高さが一つの価値とされる文化のなかでは、そのような特性が尊重されるという文化的淘汰(とうた)の世代間累積により、この特性が遺伝的人種差として固定されてきたとみることもできよう。また、ロシアの生んだ優れた発達心理学者、L・S・ビゴツキーは、子供は大人からの価値の伝達(精神間学習)を自ら再構成し内在化(精神内学習)するという「二度の学習」の原理を唱えたことで知られている。この原則にたてば、純粋な知的・法則的学習過程とみられてきたもののなかにも、かならず文化的規範が介入することとなる。J・ブルーナーは、文化のなかには認識や学習のモデルが潜在していると説くが、ここにも認知過程と文化過程との相互構成が主張されている。今後、この分野のいっそうの体系化が期待されている。

 また、文化心理学の注目すべきテーマの一つに、「幸福感(充足感)」の研究がある。行動経済学者のカーネマンらによると、食住の基本的欲求が満たされればそれ以上の収入はかならずしも幸福感の上昇をもたらさない。アメリカの心理学者ディーナーEdward Diener(1946― )によると、アメリカの大富豪と質素な生活を旨とするアーミッシュの人生の満足度には大きな差がないという。これらは経済成長至上主義の風潮への反省の資料といえよう。

[藤永 保]

『ブント著、比屋根安定訳『民族心理学――人類発達の心理史』(1959・誠信書房)』『築島謙三著『文化心理学基礎論』(1980・勁草書房)』『M・H・シーガル他著、田中国夫・谷川賀苗訳『比較文化人類学――人間行動のグローバル・パースペクティブ』上下(1995~1996・北大路書房)』『斎藤耕二著『異文化体験の心理学――青年文化から異文化体験まで』(1996・川島書店)』『田中一彦著『主体と関係性の文化心理学序説』(1996・学文社)』『柏木恵子・北山忍・東洋編『文化心理学――理論と実証』(1997・東京大学出版会)』『波多野誼余夫・高橋恵子著『文化心理学入門』(1997・岩波書店)』『ジェローム・S・ブルーナー著、田中一彦訳『可能世界の心理』(1998・みすず書房)』『北山忍・日本認知科学会編著『自己と感情――文化心理学による問いかけ』(1998・共立出版)』『深田博己編著『コミュニケーション心理学――心理学的コミュニケーションへの招待』(1999・北大路書房)』『人間主義心理学会編著『人間の本質と自己実現』(1999・川島書店)』『J・ブルーナー著、岡本夏木他訳『意味の復権――フォークサイコロジーに向けて』(1999・ミネルヴァ書房)』『高取憲一郎著『文化と進化の心理学――ピアジェとヴィゴツキーの視点』(2000・三学出版)』『D・マツモト著、南雅彦・佐藤公代監訳『文化と心理学――比較文化心理学入門』(2001・北大路書房)』『マイケル・コール著、天野清訳『文化心理学――発達・認知・活動への文化・歴史的アプローチ』(2002・新曜社)』『山口勧編『社会心理学――アジアからのアプローチ』(2003・東京大学出版会)』『山祐嗣著『思考・進化・文化――日本人の思考力』(2003・ナカニシヤ出版)』『大石繁宏著『幸せを科学する――心理学からわかったこと』(2009・新曜社)』

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最新 心理学事典

ぶんかしんりがく
文化心理学
cultural psychology
文化と人間の心理との相互影響過程を研究対象とする心理学の一分野。文化cultureをどう定義するかはきわめて大きな問題であるが,ここでは,文化とは「人間が生み出した人工物の総称」であるとしよう。人間の特色は,他者との相互作用を通じて,道具や慣習,そして意味体系などといった「文化」を作り出し,共有し,世代を越えて伝達するところにある。文化は他の生物にも見られることが知られているが,その内容の複雑さや,組織的かつ効率的な伝達に関しては,人間にまさるものはない。高度な文化を可能にしたのは,人間が生得的にもつ高い言語能力や,他者の意図の推測能力などである。文化の存在を考慮することが心理学において決定的に重要である理由は,前記のように文化が人間によって生み出される「産物」であることのみならず,それが同時に人間の心理過程を方向づける「原因」でもあるからである。文化心理学の目的は,こうした文化的動物cultural animalとしての人間の本性を前提とし,文化と心理の相互影響過程を明らかにすることである。

【文化の諸相】 文化の定義に当てはまるものに,道具や料理,美術品をはじめとする物質文化material culture,社会制度や組織や集団などの社会文化social culture,そして価値観や信念,理念やイデオロギーなどの主観文化subjective cultureなどがある。

 しかしその他の側面に関しては,複数の立場がある。たとえば,文化を個人の外部にある社会的事実social fact(Durkheim,E.,1895)としてとらえるか,それとも人間が発達や社会化の過程を通じて内面化した,その社会特有のものの見方や考え方を指して「文化」とよぶかについての立場の違いが存在する。また,文化の成立について,それが機能的で必然的な理由に基づいていると考えるのか,それとも単に偶然に定まったものと考えるのかについても,研究者の立場は異なる。前者の機能主義的観点によれば,文化は人間が環境に適応し生存することを助けるための,機能的で合理的な道具である。一方,後者の立場によれば,文化とは人間の複雑な相互作用の積み重ねの中で歴史的に形成されてきた帰結であり,必ずしも外部の環境構造とは対応しない,自己完結的なシステムである。

【文化が心理に与える影響】 こうして生み出され,社会の中で共有された文化は,そこに暮らす人間の心理過程に影響を与える。文化心理学研究が扱うのは,主に上述の主観文化の影響についてであるが,この影響過程には大きく分けて以下の二つがある。

 第1に,文化は共有された意味システムshared meaning systemとして,人間が周囲の世界をどのように理解するかを左右する。たとえば,ニスベットNisbett,R.E.によれば,世界の物事は根本的に相互に独立した事象であると定義する欧米の「分析的な」意味システムは,その下に暮らす人びとの認知に,対象物そのものへの注目や,論理的矛盾への不寛容といった傾向を生み出す。一方,世界の物事は根本的に相互に関連した事象であるとする東アジアの「包括的な」意味システムは,複数の対象物間の関係性への注目や,論理的矛盾への寛容を生み出す。

 第2に,文化は規範normとして,人間の行動を制約する。つまり,どのような行動が周囲の人間から是認され,どのような行動が逆に罰の対象になるのかに関する文化的共有認識は,そうした罰を避け,是認を受けるように人間の行動を方向づける。たとえば,日本においては,昔話やことわざなどを通じて「出る杭は打たれる」という文化規範が教え込まれることにより,ことさらに他者からの否定的評価に注意を払い,自らの行動を他者からの期待に合わせて調整するようになる。こうした規範が働きうる理由は,親や教育者たちが,子どもたちを社会化する際,当該文化の中で適応的に行動できるようになることを目標とするからである。

【文化心理学の歴史】 心理学においては,初期の段階から,文化が人間の心理過程に多大な影響を及ぼすことが認識されていた。実験心理学の祖として知られ,厳密な自然科学的手法によって人間の基礎的心理過程を明らかにしたブントWundt,W.ですら,後年の著書『民族心理学Völkerpsychologie』(全10巻。1900~1920)においては,感覚をはじめとしたごく低次な過程はさておき,記憶や思考などの高次の心理過程は,言語や習慣や神話などの文化の影響を考慮することなしには理解できないと主張した。だが,この重要な指摘は,ほとんど顧みられることなく,ほどなく忘れ去られてしまった。唯一の例外は,ビゴツキーVygotsky,L.S.に代表される旧社会主義諸国における研究である。それ以外の地域においては,文化と心理の関係の研究は,1930年代から50年代にかけて,ベネディクトBenedict,R.をはじめとする文化とパーソナリティ学派の文化人類学者によって担われた。

 20世紀初頭から中盤にかけての心理学は,行動主義が席巻した。単純な刺激反応モデルが採用され,人間の主観世界の分析は排除された。しかし,1950年代に始まった認知革命では,自らが生きる現実的な社会的文脈から人びとが意味をつむぎ出す過程の解明の重要性が指摘され,再び文化が心理学理論の俎上に載せられる契機が訪れた。しかし,当初は主観世界の解明を重視したこの新たな動きも,しだいに人間の認知システムをコンピュータに喩える情報処理モデルによって置き換えられてしまった。

 一方,20世紀初頭に生まれた社会心理学は,そもそもは社会的文脈が個人に与える影響を扱う学問として登場した。たとえば,レビンLewin,K.は,人間の行動は,環境と個人の相互作用によって決まるとした。これはすなわち,文化心理学のアイデアの基礎となるものであった。しかし,ナチスによる迫害のもとでレビンをはじめとするユダヤ人研究者たちがアメリカに移住した後は,実験的手法の厳密な統制や内的過程の解明に注目が移行し,文化を含む社会的文脈の影響は検討対象から排除される方向へと向かっていった。

 その後1960~1980年代は,文化心理学の黎明期であり,一部の研究者たちによる地道な努力が進められた。1970年には,国際比較文化心理学会International Association for Cross-Cultural Psychologyが設立されている。

 現在へとつながる本格的な文化心理学の復興は,1990年の前後に起こった。トリアンディスTriandis,H.C.による,自己の文化差を生み出す主要次元に関する論文(1989),ブルーナーBruner,J.の著書『意味の復権Acts of Meaning』(1990),およびシュウェーダーShweder,R.による心と文化の相互構成に関する論文(1990)が出版された。この流れを決定的にしたのが,1991年に『Psychological Review』誌に掲載されたマーカスMarkus,H.R.と北山忍の論文「文化と自己Culture and the Self」である。彼らは認知・感情・動機といった社会的な心理過程は,個人がおかれている文化的文脈,より具体的にはそれぞれの社会で共有されている人間の主体に関する観念を考慮することなしに理解することはできないと論じたうえで,その枠組みを用いて,それまで研究で見いだされてきた膨大な文化差をエレガントに整理してみせた。これ以降,第一線の学会誌に文化心理学の論文が載り始め,また著名な研究者たちが文化差に関する研究に取りかかるなど,文化心理学はメインストリームに躍り出たといえよう。

【文化心理学の方法と問題】 文化とパーソナリティ学派をはじめとする文化人類学的研究では,フィールドワークなどの手法を用い,特定の社会もしくは集団における文化現象をつぶさに描き出す単一事例研究を行なうことが多かった。これとは対照的に,文化心理学研究においては,異なる国,もしくは異なる民族に属す人びとの間の心理的多様性を明らかにする異文化比較cross-cultural comparisonの手法を取ることが多い。これは,異なる文化の影響下におかれた人びと同士を比較することにより,文化が人びとの心理過程に与える影響をより鮮明に浮き上がらせることができるという方法論的な根拠に基づくものである。

 ただし,異文化比較研究にはさまざまな方法論的困難が付随する。第1は,研究で用いる心理尺度などのマテリアルやそこで測定する概念の等価性の問題である。たとえば,異なる言語圏で同じ質問をし,回答内容を比較しようとする際には,質問文が正確に翻訳されていることが当然の前提条件である。しかし,これはしばしば守られておらず,不適切な翻訳が散見される。この問題に対する対処法として,いったんだれかが翻訳した質問文を,別人が元の言語に翻訳し返して内容の等価性を確認するバックトランスレーション法back-translation method(Brislin,R.W.,1970)などが提案されている。さらに,辞書的な意味での翻訳が正確になされたとしても,異なる文化圏では,同じ問題文や同じ回答(もしくは同じ行動)が異なる意味をもつ可能性,すなわち概念等価性conceptual equivalenceの問題がある。この問題への対処法としては,それぞれの文化出身の研究者が共同作業をしながら,マテリアルの開発や結果の解釈を進めていくことが推奨される。

 ベリーBerry,J.W.(1989)は,この概念等価性の問題を,エティックeticとエミックemicの区別を用いて論じた。上述のように,各文化に固有の意味システムを無視して質問紙への回答や外見上の行動を単純に比較するだけのエティックなアプローチには,解釈の妥当性の問題が生じる。一方で,意味の深層の解明をめざすエミックなアプローチにより個々の文化の内部の意味構造を明らかにしたとしても,文化と心理のかかわりの普遍的なメカニズムを明らかにすることはできない。理想的とされるのは,まずは固有文化心理学indigenous psychologyの立場からそれぞれの文化のエミックな意味構造を深く理解したうえで,それを一般概念に翻訳して適切な比較軸を設定し,そのうえで心理過程の文化差を生じさせしめる要因を同定していく,引き出されたエティックderived-eticのアプローチである。

 第2は,文化比較研究でしばしば用いられる自己評定尺度に関する問題である。この尺度を用いた研究では,提示された文章や単語に対する賛成度を7点尺度で評定する,リッカート式スケールで参加者に自己評定してもらい,その平均値が文化間で比較される。だがここには,結果の解釈を困難にするさまざまなバイアスが混交する可能性がある。たとえば,北米人は一般に尺度上で極端な値を回答する傾向があるのに対して,東アジア人は中央寄りの中庸な回答をする傾向があることが知られている(Chen,C.,Lee,S.Y.,& Stevenson,H.W.,1995)。また,自己の特性に関する客観的な基準のない質問に答える場合には,必然的に他者との比較が必要となるが,社会によって比較対象とされる他者の性質の分布が異なるため,回答から得られる結果は実際に見られる差異とは異なってしまうという準拠集団効果reference group effect(Heine,S.J.,Lehman,D.R.,Peng,K.,& Greenholtz,J.,2002)の可能性がある。これらの問題への対処として,単なる尺度の平均値の比較ではなく,参加者が自覚・調整できない暗黙の認知反応や,観察されていることを意識していない現実場面での行動を反応速度reaction timeによって調べることなどが提案されている。

 第3は,文化差の原因の特定にかかわる問題である。文化間比較研究においては,しばしば二つの地域(たとえば日本とアメリカ)に住む人びとの間の心理過程が比較される。だが,このように心理過程の違いを明らかにするだけでは,両地域間に存在する多数の文化的要素の差異のうち,いずれが当該の心理過程の差異を生み出したのかが断言できない。これを検証するためには,当該の2国にこだわらず,説明要因とされる文化的要因が異なるさまざまな比較(地域間や集団間比較,もしくは実験条件の操作など)を行ない,元々の二ヵ国間で見られたのと同様の差が再現されるかどうかを検討するなどの方法を取りうる。

【文化心理学研究の具体例】 マーカスと北山忍(1991)により提唱された文化的自己観cultural self-construalとは,特定の社会において歴史的に形成され,また共有された,自己・あるいは人一般についてのモデル,もしくは通念のことである。この通念の内容は国や地域や民族によって異なる。たとえば,アメリカをはじめとする北米諸国では,相互独立的自己観independent self-construalが優勢である。これは,「自己とは,他の人や周りの事象とは区別され独立しているとともに,自らの意図や考え方によって周囲に影響を与える存在である」という文化的共有信念である。一方,日本を含む東アジア諸国では相互協調的自己観interdependent self-construalが優勢である。これは,「自己とは他の人や周りの事象と結びついて社会的ユニットの構成要素となる関係志向的な実体であり,周囲に自らを合わせようとする存在である」とする文化的共有信念である。文化的自己観は,集合的・歴史的・発達的プロセスを通じて,社会的現実と心理過程を構成する要因の一つになる。まず文化的自己観は,文化的慣習,ルーティン化されたスクリプト,儀礼的行為,社会制度など,各文化にある日常的現実を歴史的に形づくる。たとえば,意見や利害の対立が起こった際に,北米社会では正邪を明確にするための討論や投票などが行なわれ,一方東アジア社会においては妥協点を探ることが行なわれやすい。これらは,それぞれの社会で共有された文化的自己観と一貫している。

 自己概念self-concept 文化的自己観の違いは,人びとがもつ自己に関する信念,すなわち自己概念に違いを生み出す。たとえば,相互独立的自己観が優勢な北米社会の人びとは,「自分はだれか」と自問自答する際,能力や性格など個人の内的属性に基づいて自己定義する傾向がある。一方,相互協調的自己観が優勢な東アジア社会の人びとは,自らがもつ対人関係や所属集団に基づいて自己定義する傾向がある(Triandis,H.C.,McCusker,C.,& Hui,C.H.,1990)。

 動機づけmotivation 文化的自己観の違いは,人びとの動機づけを左右する。たとえば,自己の能力やパフォーマンスを実際よりも高く評価する自己高揚self-enhancement傾向は,東アジア人よりも北米人の方が強い(Heine,J.S.,& Hamamura,T.,2007)。これは,個人の独立を前提とする文化の影響下にある北米人が,独立した自己の価値を強調する動機をもつことによると考えられている。一方の東アジア人は,自己の欠点に注目する自己批判self-criticism傾向をもつ。この背後にある動機は,密接な依存関係にある周囲の他者からの期待を満たすことであると考えられている(Kitayama,Markus,Matsumoto,H.,& Norasakkunkit,V.,1997)。

 個人の自律性を強調する相互独立的自己観と,周囲の他者との関係の協調的関係性を強調する相互協調的自己観は,人びとの間に異なるコントロール志向control orientationを生み出す。北米人は,自己の目標に合わせて主体的に周囲の環境(社会全体や所属集団など)を選択したり,環境を改変したりする1次的コントロールprimary controlを用いる傾向がある。一方,東アジア人は,周囲の環境に合わせて自己の目標を調整しようとする2次的コントロールsecondary controlを用いる傾向にある(Morling,B.,Kitayama,& Miyamoto,Y.,2002)。

 感情affect 人間の感情をつかさどる基本的な内的アーキテクチャには高い普遍性がある。しかし同時に,感情の具体的な経験,感情を惹起する状況,対人コミュニケーションにおける感情などには,見逃すことのできない文化差が存在する。

 人びとの感情経験の内容,およびそれを引き起こす要因には,当該社会で優勢な文化的自己観が影響している。たとえば,望ましいことが起こったとき,アメリカ人は誇りや自尊心など,社会関係からは独立した脱関与的快感情disengaging positive emotionsを感じるが,日本人は他者に対する親しみや尊敬など,社会関係に深いかかわりをもつ関与的快感情engaging positive emotionsを感じる傾向がある(Kitayama,Mesquita,B.,& Karasawa,M.,2006)。また,日本人は他者と一緒にいる状況の方が強い感情経験をするのに対し,アメリカ人は一人きりでいる状況の方が強い感情経験をする(Oishi,S.,Diener,E.,Scollon,C.N.,& Biswas-Diener,R.,2004)。さらに,ヨーロッパ系アメリカ人の幸福感は個人的な目標達成の程度によって規定されるが,アジア系アメリカ人の幸福感は対人関係における目標達成の程度によって規定される(Oishi & Diener,2001)。

 表情facial expression 表情の表出と認知には,その基本的なアーキテクチャに高い汎文化的普遍性があることが知られている。どのような社会に住む人びとも,喜怒哀楽をはじめとした基本感情の表情には高度な類似性があり,また多くの人は,自分とは異なる文化の人びとの表情を見て,それが示す感情を理解することができる。だが一方で,それぞれの文化には表情表出に関するローカルルールがあり(Ekman,P.,1972;Matsumoto,D.,& Willingham,B.,2006),また人びとはそのローカルルールに合わせた表情認知傾向をもっている(Elfenbein,H.A.,& Ambady,N.,2003; Yuki,M.,Maddux,W.W.,& Masuda,T.,2007)。

 対人関係interpersonal relation さまざまな社会には,対人関係の本質に関する共有信念が存在している。それはしばしば,当該社会で優勢な文化的自己観と一致した形を取っている。たとえば,相互独立的自己観が優勢な社会には,対人関係とは,相互に独立した個々人が主体的に選択し,互いの合意のうえに作り上げるものだという共有信念がある。一方,相互協調的自己観が優勢な社会には,対人関係とは先験的で変更が困難なものであり,人はその制約の中で生きていかざるをえないという信念がある。この差異の反映と考えられる例に,北米人は「友人」と「敵」という概念を相互背反的なものと考え,自分の身近な対人関係の中には敵がないと考えるのに対して,相互協調的自己観が優勢なガーナ社会の人びとは,自分の友人の中に敵がいるのは当然だと考えるという現象がある(Adams,G.,2005)。

 集団行動group behavior 文化が集団行動の過程に与える影響は,個人主義-集団主義の対比が現在大きな焦点問題となっている。

 原因帰属causal attribution 人がさまざまな事象の原因がどこにあるかを推論する心理過程のことである。ここにも,文化的自己観の違いが影響している可能性がある。たとえば,相互独立的自己観が優勢な北米社会の人びとは,他者の行為の原因を,性格や能力など,その人の内的な属性に求める内的帰属傾向をもつ。一方,相互協調的自己観が優勢な東アジア社会の人びとは,他者の行動の原因を,その人を取り巻く状況や,周囲の人びとに求める傾向がある(Morris,M.,& Peng,1994)。

 思考様式mode of thought 近年の研究成果は,文化的共有信念が,自己概念や社会的認知といった高次の心理過程を超えて,思考や認知といった,より低次かつ基本的な心理過程にも影響している可能性を示している。ニスベットNisbett,R.E.(2001)は,欧米社会では,物事一般を理解する際,その事物の中心的な属性に対して注意を向けやすい分析的思考様式analytic mode of thoughtが,歴史的に育まれ,受け継がれてきたと論じている。一方,東アジア社会では,事物がおかれた文脈情報や,周囲の事物との関係性に注意を向けやすい包括的思考様式holistic mode of thoughtが受け継がれてきた。こうした伝統的思考様式の差異は,絵や画像を見たときの部分と全体への注意配分や記憶の違い,論理的矛盾の許容度の違い,カテゴリー化課題において用いる分類基準の違い,著名な芸術作品の特徴や美的感覚の違い,など,北米人と東アジア人の間にさまざまな心理傾向の差異を生み出している。

【今後の課題と展望】 文化心理学は比較的新しい分野であり,現在も発展しつづけている。ここでは,今後重要となると考えられる課題のいくつかを取り上げる。

 第1の検討課題は,脳や神経,そして遺伝子など,人間の内的機構と文化とのかかわりの解明である。近年,人間の認知・感情システムの働きを客観的なデータでとらえることのできる神経科学が急速に発展し,心理学の方法論として主要な地位を占めつつある。そのような背景のもとで勃興してきた文化神経科学cultural neuroscienceがめざすのは,文化心理学と脳科学の知見の統合である。たとえば,異なる文化の影響下にある人びとの脳機能の違いを明らかにすることを通じて,共有信念としての文化が,どのような形で,どの程度の深さまで,人間の認知・感情システムに影響するのかを知ることができる。また,文化を作る人間の能力が,脳のどの部分によって制御されているのかを知ることにより,文化の発生に関する議論をすることもできる。

 これと並行して,遺伝と文化のかかわりの問題がある。この問題は旧来,遺伝か環境か,という二項対立でとらえられることが多かった。しかし近年の行動遺伝学behavioral geneticsの成果は,人間のパーソナリティや能力や行動傾向のほとんどは,文化を含む環境と遺伝の双方によって形作られることや,遺伝の影響と文化の影響は互いに独立ではなく交互作用効果が存在することなど,遺伝と文化の密接なかかわりを示唆している。

 第2の検討課題は,さまざまな文化が生み出されてきた原因やその変容など,外的要因と文化とのかかわりの解明である。地球上にはこれまで数多の文化が存在してきた。では,それらはそもそもどこからやって来たのであろうか。この問は「なぜ(why)の問い」,もしくは究極因の問いとされ,人びとの心理過程がどのような文化的共有信念と関連しているのかという「どのように(how)の問い」,もしくは近接因の問いとは区別されてきた。これに関して,現在,自然環境や社会環境を含む人びとを取り巻く客観的な環境の構造に文化差の原因を求める社会生態学的アプローチsocio-ecological approachが急速に発展しつつある。こうした研究では,自然環境の過酷さ(Gilmore,D.,1990),病原体の蔓延度(Fincher,C.L.,Thornhill,R.,Murray,D.R.,& Schaller,M.,2008),生業形態と警察制度(Nisbett,R.E.,& Cohen,D.,2006),対人関係や集団の選択肢の多寡(Yamagishi,T.,& Yamagishi,M.,1994;Yuki,M.,& Schug,J.,2012)といった自然・社会環境要因と,そこで生み出される文化との関連が論じられている。

 また,文化の維持と変容に関する問題がある。上記の社会生態学的アプローチからすると,二つの社会の外的環境条件が等しいならば,そこに住む人びとの心理傾向もまた同一になるはずである。だが一方で,文化には歴史性と蓄積性があり,新たな文化は,それ以前にその社会で存在していた文化の上に成立する。ゆえに,異なる歴史をたどってきた二つの社会が仮に同一の外的環境下におかれたとしても,文化が完全に同一になる保証はない。たとえば,過去50年間にわたり,日本人の個人主義的傾向は着実に高まってきた。この背景には,経済やメディアのグローバル化などの外的要因があると考えられる。だが,日本の個人主義がアメリカのそれに追いついたことは,いまだかつてない(Hamamura,T.,2011)。これが,単なるタイムラグによるのか,それとも日本人がアメリカ人とまったく同じになることを阻む歴史文化的な要因が存在することによるのかは,興味深い問題である。文化心理学は,これらに答える試みを通じて,文化的動物としての人間の本性の理解に迫っていくであろう。【動物における文化】 人間は質量ともに圧倒的に豊富な文化をもっているため,それ以外の動物種は文化をもたないと誤解されることが多い。しかし仮に,その定義の人間を動物に置き換えて「文化とは,動物が生み出した非自然物の総称である」と定義すると,きわめて多くの動物の行動やその産物が「文化」として記述できる。たとえば,シロアリが作り出す巨大なアリ塚からチンパンジーのヤシの実割りまですべてがこの範疇にくくられることになる。このような現象を進化生物学ではニッチ構築niche constructionとよぶこともある。しかし,ヒト以外の動物における「文化」の定義は,この定義よりもより限定的なものにしなくてはならない。ここでは,文化を「ある集団内の成員の間に世代を超えて定着した,遺伝的・生態学的要因では説明できない,行動パターンの総体」と定義することにする。このように定義することによって,遺伝的にプログラムされた環境改変行動や,生態学的な制約に基づく採食レパートリーの集団差などを排除することができる。また,集団内のある特定の個体の間で出現し,そして消えていくような一過性の行動パターンの変化もここでは「文化」とはよばない。このように定義づけることによって,さまざまな動物種が示すニッチ構築などの行動パターンを「文化的行動」とそうでないものに峻別することが可能となる。

 おそらく,上記の定義にかなう動物の文化的行動の最初の発見は,ニホンザルによるイモ洗い行動である。宮崎県の幸島に暮らすニホンザルの集団の中で,砂浜での餌づけに用いられていたサツマイモを海水に浸して食べる個体が1950年代初頭に初めて観察された。この行動は,その創始個体の血縁個体を中心にして群れ内に広がっていった。さらにその数年後にはイモを洗うだけでなく,砂まみれになった麦を水に浮かべて拾うという別の文化的行動も出現し,定着した。この行動は明らかにこのときに初めて出現したものであり,ニホンザルのゲノム情報の中にプログラムされたものではないだろう。そして,もう一つ大きな点は,この行動がこの集団内に伝播していったという事実である。この現象は個体ベースでの試行錯誤学習では説明がつかない。別の形の学習の関与が強く示唆される。文化的行動の「発生」は,おそらくある特定個体による試行錯誤学習の結果であるかもしれない。しかし,その行動が集団内に,世代内,世代間に伝播していく過程は,社会的学習social learningによってなされている。もう一点,興味深い点は,この行動が他のニホンザル集団では見られなかったということだろう。この点は,幸島のニホンザルが餌づけ時に海岸を利用していたという生態学的要因が大きく影響していたのかもしれない。しかし,最近のヒト以外の霊長類を対象とした研究では,生態学的要因では説明がつかない行動パターンの集団差も数多く見つかってきた。その代表例がチンパンジーを中心とする大型類人猿における「文化」である。

 チンパンジーは,非常に多様な道具使用tool-useを行なう生物であることが知られている。アフリカ,タンザニアのゴンベという場所に暮らす野生チンパンジーの観察においてグドールGoodall,J.が1960年代に初めて,アリ塚の穴に棒を突っ込み,その棒に付着してきたシロアリを食べるという道具使用行動を発見した。この発見以後,アフリカ各地のチンパンジー集団においてさまざまな道具使用行動が発見され,長期にわたって研究されてきた。これらの長期継続研究の成果を総合的に検討してみると,チンパンジーの示す道具使用やあいさつなどの社会的行動のパターンが,集団間で異なることが明らかとなった。これは,単一の文化的行動の有無ではなく,それらの全体として「レパートリー」の地域間変異である点,そして,そのレパートリーの地域差が生態学的環境の制約によっては説明できない(たとえば,シロアリ釣りをしない集団が暮らす環境にもアリ塚は存在する),という点できわめて画期的な発見だった。

 また,オランウータンにおいても同様の結果が得られている。オランウータンでも各集団における道具使用や各種の行動パターンの地理的変異が存在することが21世紀に入って明らかとなった。さらに興味深いことに,レパートリーの量的差異として表現される「文化差」が集団間の地理的距離と正の相関を示すことが明らかとなっている。この事実は,集団間の地理的な距離が,個体間の移動に伴う新規な行動レパートリーの社会的学習の可能性に影響を及ぼしていることを示している。

 霊長類以外でも,道具使用行動などにおいて生態学的要因では説明がつかない行動変異が存在する。ニューカレドニア島に生息するニューカレドニアカラスは,木の穴から虫を穿り出すために木の枝や葉を加工して使用し,しかも,その道具の形がそれぞれの集団で異なることが見いだされている。

【社会的学習:文化を伝える学習過程】 ヒト以外の動物における文化的行動が伝播するためには,個体ベースの試行錯誤学習ではなく,社会集団の中で,他個体の存在によって影響を受ける学習過程,すなわち社会的学習の存在が必須である。社会的学習には,さまざまなタイプがあることが知られている。たとえば社会的促進social facilitationはある行動を示す他個体の存在によって,自身のその行動の出現頻度が増える現象を指す。局所的強調local enhancementや刺激強調stimulus enhancementは,他個体の行動パターンが生起している場所や行動が向けられている対象への注意が増加し,その後のそれらの場所や対象へのかかわり方が変化することを指す。いずれも他個体の行動の観察を基盤とするため観察学習observational learning,observation learningとよばれることもある。

 しかしながら,社会的学習過程では新規な行動の出現そのものの説明はできない。新規な行動の出現を可能にする環境が提供される可能性が高まるのみで,あとは個体ベースの試行錯誤学習が必要となる。これに対し,他個体が示す行動パターンそのものを(そしてその行動の目的も)コピーすることで学習が成立する「真の模倣true imitation」とよばれる学習過程がヒトでは明らかに存在する。ただし,ヒト以外の動物では,真の模倣による文化的行動の学習を示唆する事例は皆無であるといってよい。その代わりに大型類人猿などで顕著なのは,行動パターンの「目標」やその行動によってもたらされる「結果」を理解し,試行錯誤によってその目標・結果を再現しようとするエミュレーションemulation(結果模倣goal emulation)とよばれる学習過程である。この点は,模倣を文化学習の基礎におくヒトとそうでない大型類人猿の決定的な違いの一つであるといえる。【動物における教授行動】 ヒト以外の動物において,教授行動teachingと思われる行動が存在することは長らく知られていたが,カロCaro,T.M.とハウザーHauser,M.D.(1992)は,比較行動学ethologyの観点から,教授行動の定義(カロとハウザーの定義Caro and Hauser's difinition)として,以下の三つの条件を満たしているものとした。それは,⑴教えられる個体(生徒)がいる条件でのみ,教える個体(教師)がある行動を行なう,⑵その行動には,教師個体にとって適応度上のコストが存在する,もしくは即自的な利益が存在しない,⑶生徒個体は教授されることにより,教授されなかったときと比較して,技術や知識をより効率的に習得する,という3点である。教授行動だとみなされてきた観察例に,この3点の基準すべてを満たすものはなかった。このため,動物における教授行動を示す決定的な実証例は存在しなかったといえよう。

 カロとハウザーの定義を満たす教授行動の存在が,動物から報告されるようになったのは2006年以降である。フランクスFranks,N.R.とリチャードソンRichardson,T.によるアリの一種Temnothorax albipennisを対象とした研究(2006)では,餌の位置を知る個体(教師)が無知な個体(生徒)を先導して餌場に導く行動が,教授の定義を満たしていることがわかった。先導する先生役の個体は,後に続く生徒役の個体と触覚で接触を保ちつつ,タンデムを形成して餌場まで誘導していく。実験環境下で,生徒役の個体が遅れた場合には,先生役の個体は歩く速度を落とし,生徒がついてくることができるように速度を調整する。生徒のために速度を落とすことによって,自分が餌場にたどり着くまでの時間が長くなるので,教師役個体にとってコストがかかる行動だといえよう。また,教師がいる場合と比べて,生徒役の個体が単独で餌場を探すのは非効率的であった。

 ミーアキャットSuricata suricattaは,サソリという危険な餌を処理できる成獣が教師役となり,幼獣にサソリの食べ方を学習させる機会を与えることが,ソーントンThornton,A.とマコーリフMcAuliffe,K.(2006)によって報告された。幼獣がサソリをうまく扱えないような時期には,成獣は殺したサソリや毒針をつぶしたサソリを幼獣に与えるが,幼獣が成長し狩り能力が発達するにつれて,生きたままのサソリを与えるようになる。このように,成獣は段階的に学習しやすいサソリを与えることによって,幼獣に狩りの技術を学習させていると考えられる。

 アリとミーアキャットのほかにも,南アフリカに生息するヤブチメドリTurdoides bicolorを対象としたライハニRaihani,N.J.とリドレーRidley,A.R.の研究(2008)から,教師役の成鳥が,雛への給餌時に特定の音声を出して,餌の存在を効率的に学習させるという教授行動が報告されている。

 教授行動の比較行動学的研究で興味深い点は,チンパンジーなどのヒトに近縁である大型類人猿種においては,カロとハウザーの定義を満たす教授行動が発見されず,系統的に離れた動物において,ヒトと類似した教授行動が進化している点であろう。このことから,動物における教授行動には,心の理論や三項関係の理解などの高度な認知能力が必要とされず,決まった刺激に対する行動反応や学習の結果として,あるいは遺伝的なプログラムの発現として理解することができるといえる。教授行動がどのような種において見られて,進化的にどのような役割を果たし,どのような認知能力と関連しているのかなどの問いに,比較行動学者の注目が集まっており,今後,さらなる研究が必要とされる。【文化と認知】 ヒト以外の動物における文化的行動は,数十年程度の一過性のものではないことが明らかにされつつある。考古学的手法により,コートジボワールのチンパンジー集団のヤシの実割り行動に用いられた石器が4300年前の地層から見つかっている。このような歴史的な時間の中で継続している文化的行動が,その集団の認知を規定するということがあるのだろうか。ヒトでは認知が文化を生み出しその文化が認知を規定する様子を明らかにしようとする文化心理学の視点は実はヒト以外の動物の文化的行動にはあまり持ち込まれていない。しかし,たとえばチンパンジーの文化が考古学的な時間スケールの中にある以上,この文化心理学的視点に立った集団間比較研究の可能性も開けてきたといえよう。 →学習 →国民性 →個人主義-集団主義 →文化的アイデンティティ
〔結城 雅樹〕・〔友永 雅己〕

出典:最新 心理学事典
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