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斑鳩寺【イカルガデラ】

デジタル大辞泉

いかるが‐でら【斑鳩寺】
法隆寺異称
兵庫県揖保(いぼ)郡太子町にある天台宗の寺。推古天皇よりこの地を賜った聖徳太子創建。もと大和の法隆寺別院

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デジタル大辞泉プラス

斑鳩(いかるが)寺
兵庫県揖保郡太子町にある寺院。天台宗。聖徳太子の創建で、もとは奈良の法隆寺の別院。本尊釈迦如来薬師如来如意輪観音三重塔木造日光月光菩薩像などは国の重要文化財に指定。

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世界大百科事典 第2版

いかるがでら【斑鳩寺】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

はんきゅうじ【斑鳩寺】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

斑鳩寺
いかるがでら

兵庫県揖保(いぼ)郡太子(たいし)町にある天台宗の寺。斑鳩の太子ともよばれる。もとは大和(やまと)国(奈良県)法隆寺(ほうりゅうじ)の別院であった。推古(すいこ)天皇が聖徳太子の『勝鬘経(しょうまんぎょう)』『法華経(ほけきょう)』講説に感動して土地を与え、太子は、その地を鵤荘(いかるがのしょう)と名づけて一伽藍(がらん)を建立したのが当寺の創建である。1541年(天文10)4月兵火にかかって堂塔すべて焼失したが、弘治(こうじ)年間(1555~1558)昌仙(しょうせん)法師らにより再建、その後は天台宗に属した。寺伝によれば、往時、山内には36の子院(しいん)(末寺)があったという。室町時代の建築である三重塔のほか、寺宝の絹本着色『聖徳太子勝鬘経講讃(こうさん)図』、紺紙金泥『釈迦(しゃか)三尊図』『十六羅漢像図』5幅、十二神将木像8躯(く)、日光・月光菩薩(ぼさつ)像などが国の重要文化財に指定されている。

[中山清田]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

いかるが‐でら【斑鳩寺】
[一] 法隆寺の別称。
[二] 兵庫県揖保(いぼ)郡太子町鵤(いかるが)にある天台宗の寺。山号は斑鳩山。推古天皇九年(六〇一)聖徳太子の建立という。弘治年間(一五五五‐五八)昌仙が再興して、天台宗に改める。鵤寺。はんきゅうじ。

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