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新バビロニア【しんバビロニア】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

新バビロニア
しんバビロニア
Neo-Babylonia
カルデア人 (バビロニア人) がアッシリア帝国を滅ぼして再建した帝国 (前 625~539) 。アッシリアアッシュールバニパル死後ナボポラッサル (在位前 626~605) がバビロニアを掌握し,メディア王国と結んでニネベを陥落させた (前 612) 。続いてネブカドネザル2世 (在位前 605~562) はカルケミシュの戦いでエジプト王ネコ2世を破り,シリア,パレスチナを通ってエジプト国境にいたる領域を支配した。また前 586年にはエルサレムを破壊,ユダヤ民族のバビロニア捕囚を行なった。この時代に占星術,天文学をはじめとするカルデア文化がバビロンを中心として開花した。しかしナボニドス王 (在位前 556~539) のとき,アケメネス朝ペルシアの王キュロス2世の率いるペルシア軍は戦わずしてバビロンに入城 (前 539) ,新バビロニア帝国は滅亡した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版

しんバビロニア【新バビロニア】
カルデア人によって開かれた古代オリエントの王朝。前625‐前539年。カルデア王朝ともいう。カルデア人は前8世紀までに南バビロニア一帯に部族に分かれて定着し,名目的にはバビロン王に臣従していた。しかしティグラトピレセル3世以降のアッシリアは強く,バビロンはその属国としてアッシリアの直接・間接の支配を受けた。この間バビロンがアッシリアに完全に吸収されることなくその伝統を保ち,新バビロニア時代に史上最大の栄華をみることができたのはカルデア人のおかげであった。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しんバビロニア【新バビロニア】
紀元前七世紀後半、カルデア人によってバビロニアに建設された王国。ネブカドネザル二世のとき最盛期を迎えたが、前538年アケメネス朝ペルシャに滅ぼされた。カルデア王国。

出典:三省堂
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精選版 日本国語大辞典

しん‐バビロニア【新バビロニア】

出典:精選版 日本国語大辞典
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