@niftyトップ

辞書、事典、用語解説などを検索できる無料サービスです。

新築地劇団【しんつきじげきだん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

新築地劇団
しんつきじげきだん
劇団名。 1928年小山内薫の急死で分裂した築地小劇場の創立メンバー土方与志が,丸山定夫薄田研二山本安英らを率いて結成。 29年6月,金子洋文作『飛ぶ』などで旗揚げした。当初はマルクス主義の影響下に,レマルクの『西部戦線異状なし』 (1929) やトレチヤコフの『吠えろ,中国!』 (30) などの進歩的演劇を上演したが,弾圧と検閲の強化により 32年頃から路線を変更。山本有三作『女人哀詞』 (37) や長塚節原作『土』 (同) などで高い芸術的成果と興行成績をあげたほか,連鎖劇『嗤 (わら) ふ手紙』などの実験も行なった。しかし,戦時体制の強化に伴い,40年新協劇団とともに強制解散させられた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

しんつきじげきだん【新築地劇団】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

日本大百科全書(ニッポニカ)

新築地劇団
しんつきじげきだん

劇団名。小山内薫(おさないかおる)の死後、築地小劇場の内部対立が表面化し、創設者土方与志(ひじかたよし)を擁して1929年(昭和4)4月、丸山定夫、薄田研二(すすきだけんじ)、山本安英(やすえ)、細川ちか子、久保栄(さかえ)らが結成。新興大衆のための進歩的演劇を志向し、『飛ぶ唄(うた)』『生ける人形』で旗揚げ公演を行う。小林多喜二(たきじ)原作『北緯五十度以北』上演に際しプロット(日本プロレタリア劇場同盟)の派遣員を受け入れることになり、1931年プロットに加盟、左翼劇場と並んで活動した。代表的公演は『何が彼女をさうさせたか』『母』『吼(ほ)えろ支那(しな)』など。1934年のプロット解散に際しては清算主義的な声明を出し、細川らは新設の新協劇団に参加した。やがて新協と並立するまでに成熟し、一時期を画した。この期には創立メンバーに加え、岡倉士朗、八田元夫(はったもとお)、永田靖(やすし)、本庄克二(ほんじょうかつじ)(東野英治郎(とうのえいじろう))らも活躍。『土』『綴方(つづりかた)教室』『浮標(ぶい)』のほかシェークスピア戯曲の上演が有名。1940年8月強制的に解散させられた。

[祖父江昭二]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

新築地劇団」の用語解説はコトバンクが提供しています。

新築地劇団の関連情報

関連キーワード

島津保次郎斎藤寅次郎マキノ雅広清水宏五所平之助衣笠貞之助田坂具隆稲垣浩キャプラ治安維持法

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

アット・ニフティトップページへ アット・ニフティ会員に登録

ウェブサイトの利用について | 個人情報保護ポリシー
©NIFTY Corporation