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新羅【しらぎ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

新羅
しらぎ
Sinra
朝鮮,古代三国の一つで,朝鮮最初の統一王朝 (?~935) 。「しんら」とも呼ぶ。『三国志』魏志東夷伝によれば朝鮮半島南東部には3世紀頃辰韓諸国があったというが,4世紀なかば頃諸般の情勢に促されて,そのなかの一国,斯盧 (しろ) 国が中心となり部族連合的国家が成立,同世紀 70年代には新羅と称した。以後6世紀初頭まで高句麗百済と対立しつつ統一国家形成をはかった。新羅王国の最初の基礎を定めたのは法興王 (在位 514~540) で,対外的には任那の中心金官加羅を合せて日本に脅威を与え,中国南朝の梁に朝貢して高句麗に対抗し,国内的には律令や年号を制定して王権の強化をはかった。次の真興王 (在位 540~576) は積極的に対外発展を進め百済と戦って聖明王を殺し,また残存任那を 562年打倒して日本の朝鮮支配を阻止した。王は中国の北斉に直接朝貢してその国家的地位を高めるとともに官制や軍制を整備して中央集権を促進した。さらに武烈王 (在位 654~661) から文武王 (在位 661~681) の時代は中国では隋,の初期にあたるが,唐と結んで 660年百済を,668年高句麗を滅ぼし,さらに半島を直接支配下におこうとする唐に抵抗して唐の勢力を退け,文武王 16 (676) 年半島の事実上の統一を完成した。武烈王以後約1世紀は新羅の全盛期で,735年には大同江以南の支配を唐に承認させ,領域の拡大をみた。慶州首都として全国を9州に分け,郡県の制も一応整理され文運も隆昌をきわめた。しかし王位の相続にからむ諸種の矛盾は憲徳王 14 (822) 年の金憲章の大乱を引起し,この反乱を契機として中央の権力は弱化し,地方では豪族が割拠した,いわゆる「後三国」の対立時代を現出し,927年には後百済 (こうひゃくさい) のために景哀王が殺され,敬順王が即位した。 935年敬順王は最有力の豪族,高麗の太祖王建に投降してその貴族になり,新羅は名実ともに滅亡した。

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新羅
しんら
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デジタル大辞泉

しらぎ【新羅】
古代朝鮮の王国名。4世紀中ごろ、朝鮮半島南東部、辰韓12国を斯盧(しろ)国が統一して建国。7世紀後半、と結んで百済(くだら)高句麗(こうくり)を滅ぼし、668年、朝鮮全土最初の統一国家となった。都は慶州律令や仏教文化など大陸の制度・文物移入し、中央集権的統治を行ったが、935年、高麗(こうらい)王建に滅ぼされた。しんら。

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しんら【新羅】

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防府市歴史用語集

新羅
 日本が古墳時代の頃、3つの国に分かれていた朝鮮半島の国の1つで、南東部にありました。684年には朝鮮半島全土を支配しますが、935年にほろびました。

出典:ほうふWeb歴史館
Copyright 2002,Hofu Virtual Site Museum,Japan
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世界大百科事典 第2版

しらぎ【新羅 Silla】
古代朝鮮の国名。356‐935年に及ぶ(図)。〈しんら〉〈しら〉と発音するのが一般的であるが,日本では城の意味を語尾に付して,〈しらぎ〉と呼びならわしている。新羅の建国年次は,中国の文献で辰韓(しんかん)の斯盧(しろ)国から新羅に変わり,慶州で高塚墳が盛行する4世紀後半と見,《三国史記》によって奈勿(なもつ)王の即位年をあてた。この新羅建国期は六部(ろくぶ)の統合により貴族連合体制が成立する時期でもある。

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しら【新羅】

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しんら【新羅】

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大辞林 第三版

しらぎ【新羅】
慶州を都とした朝鮮最初の統一王朝(356~935)。四世紀中頃、斯盧しら国が半島東南部の辰韓一二国を統合して建国。七世紀には唐と結んで百済くだら・高句麗こうくりを滅ぼし半島の統一支配を確立、唐に倣ならい中央集権化をはかったが、高麗こうらいの太祖王建によって滅ぼされた。しら。しんら。シルラ。

出典:三省堂
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しんら【新羅】
しらぎ新羅

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精選版 日本国語大辞典

しらぎ【新羅】
(古くは「しらき」) 古代の朝鮮半島の国名。四世紀中ごろ、朝鮮南東部の辰韓一二国を斯盧(しら)国が統一して建てた国。慶州に都した。六世紀に任那(みまな)を滅ぼし、半島から日本勢力を駆逐して、百済(くだら)、高句麗(こうくり)と三国時代を現出。七世紀には唐と結んで百済、高句麗を滅ぼし、大同江以南の半島最初の統一国家をつくった。唐制にならい中央集権的な政治体制をしいたが、地方勢力の台頭に苦しみ、九三五年高麗(こうらい)の太祖王建に滅ぼされた。しんら。

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しんら【新羅】
※高野本平家(13C前)七「昔神宮皇后新羅(シンラ)を攻させ給ひしに」

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旺文社世界史事典 三訂版

新羅
しんら
?〜935
4世紀半ば,朝鮮半島南東岸に建てられた王国。「しらぎ」とも読む
三韓の1つである辰韓12国の一国斯盧 (しろ) は,辰韓を統一して新羅と号し,半島南東の慶州に都して百済 (ひやくさい) ・高句麗 (こうくり) とともに三国時代を現出した。562年任那 (にんな) を併合して半島から日本勢力を追った。7世紀半ば,百済・高句麗の滅亡とともに半島を統一したが,935年王建の高麗 (こうらい) に滅ぼされた。首都は終始慶州(金城)にあったので,政治・社会・文化などあらゆる面で固有のものが長く伝えられたが,律令を根幹とする中国文化と仏教文化の影響も強く受けた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
小豆畑和之 石井栄二 今泉博 仮屋園巌 津野田興一 三木健詞
 
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新羅
しらぎ
しんら

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旺文社日本史事典 三訂版

新羅
しらぎ
朝鮮古代の王国(4世紀中 (ごろ) 〜935)
「しんら」とも読む。三韓の一つである辰韓の斯盧 (しろ) 国を中心に統一されたもの。日本・高句麗の圧力に苦しみながらも着実にその地歩を固め,562年任那 (みまな) を滅ぼし,ついで唐と結び660年に百済 (くだら) ,668年高句麗を倒して朝鮮を統一。663年唐と結んで,日本を白村江 (はくそんこう) の戦いに破ったのち,しばらくして国交を回復した。奈良時代には唐文化,特に仏教関係の移入に重要な役割を演じた。9世紀中ごろから群雄割拠の状態となり,935年高麗王朝の建国により滅亡した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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金澤利明 竹内秀一 藤野雅己 牧内利之 真中幹夫
 
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