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方広寺(京都市)【ほうこうじ】

日本大百科全書(ニッポニカ)

方広寺(京都市)
ほうこうじ

京都市東山区茶屋町にある天台宗の寺。通称大仏殿、京都大仏とよばれ、山号はない。1586年(天正14)豊臣(とよとみ)秀吉の発願によって着工、1589年完成。開山は木食応其(もくじきおうご)。漆を塗り金箔(きんぱく)を置いて彩色された木造毘盧舎那仏(びるしゃなぶつ)(大仏)が大仏殿に安置されたが、1596年(慶長1)の大地震により倒壊した。秀吉の死後、1610年に徳川家康が追善供養のため豊臣秀頼(ひでより)に勧めて金銅大仏を再興させたが、1662年(寛文2)の地震により倒れ、この像は寛永(かんえい)通宝に改鋳されて文銭(ぶんせん)、大仏銭ともよばれた。1664年には徳川氏により木造大仏がつくられたが、これも1798年(寛政10)の雷火により焼失、1843年(天保14)に人々の寄進によってつくられた木造半身大仏も1973年(昭和48)に火災で焼失し、現在は本堂、大黒天堂、大鐘楼を残すのみである。

 大鐘楼に据えられた梵鐘(ぼんしょう)(国重要文化財)は、1614年に京都三条釜座(かまんざ)の名古屋三昌によって鋳造されたもので、鐘銘の「国家安康、君臣豊楽」が徳川家に不吉の文であると曲解、讒言(ざんげん)されたことにより大坂冬・夏の陣が起こされ、豊臣家滅亡の因縁となった。境内には前田加賀守(かがのかみ)奉納の泣石(なきいし)、秀吉の朝鮮遠征帰国の供養塔という耳塚(みみづか)などがある。

[中山清田]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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