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早稲田大学【わせだだいがく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

早稲田大学
わせだだいがく
私立大学。前身は 1882年大隈重信が創設した東京専門学校学問の独立を標榜し,政治経済学科,法律学科,理学科,英学科の 4学科で発足した。1902年現校名に改称,1920年大学令による大学として認可され,1949年新制大学となった。政治経済学部法学部教育学部商学部,社会科学部,人間科学部,スポーツ科学部,国際教養学部,文化構想学部,文学部,基幹理工学部,創造理工学部,先進理工学部を置く。1951年大学院を設置。理工学術院総合研究所,坪内博士記念演劇博物館(→演劇博物館)などを併設。本部所在地は東京都新宿区。

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朝日新聞掲載「キーワード」

早稲田大学
1882(明治15)年創立の総合大学。本部・東京都新宿区。学部は政治経済学部、法学部、文化構想学部、文学部、教育学部、商学部、基幹理工学部、創造理工学部、先進理工学部、社会科学部、人間科学部、スポーツ科学部、国際教養学部。大学院は21研究科がある。文部科学省の2014年度「スーパーグローバル大学創成支援事業(SGU)トップ型」に東大、京大などとともに採択され、世界レベルの教育研究に取り組む大学となった。学部学生数は約4万4千人。
(2015-07-03 朝日新聞 朝刊 東特集I)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

わせだ‐だいがく【早稲田大学】
東京都新宿区に本部のある私立大学。明治15年(1882)設立の東京専門学校に始まり、明治35年(1902)現名に改称。大正9年(1920)大学令による大学となり、昭和24年(1949)新制大学へ移行

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世界大百科事典 第2版

わせだだいがく【早稲田大学】
東京都新宿区西早稲田に本部をおく私立大学。慶応義塾双璧をなす日本の私学のである。国会開設をめぐる政治抗争で下野した大隈重信小野梓高田早苗,天野為之らと1882年現在地に開設した東京専門学校を起源とする。開設当初から政治的風圧が強く,これに抗して反骨・在野の精神を貫く学風を築きあげてきた。1917年の大山郁夫の大学改革運動,23年の軍事研究団事件(早稲田軍教事件)など,政治革新を求めた〈早大事件〉は数多い

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

わせだだいがく【早稲田大学】
私立大学の一。1882年(明治15)大隈重信により東京専門学校として創立。1902年(明治35)早稲田大学専門部を開設。20年(大正9)大学令による大学となる。49年(昭和24)新制大学。本部は東京都新宿区。早大。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

早稲田大学
わせだだいがく
私立。1882年(明治15)大隈重信(おおくましげのぶ)により東京府南豊島(みなみとしま)郡戸塚村に東京専門学校として開校。[滝口 宏]

歴史

1881年(明治14)挂冠(けいかん)した大隈は、政党のほかに、学問を政治より独立させ自由の精神を養う私学創設の念やみがたく、小野梓(あずさ)に諮り、小野のもとに集まる高田早苗(さなえ)、天野為之(ためゆき)ら7人の鴎渡(おうと)会の青年たちの助力を得て体制を整え、翌1882年10月21日、東京専門学校を開校した。開校時、政治経済学科、法律学科、理学科(1883年廃止)の3科と英語学科を置き、3科はもっぱら邦語をもって講義する。入学金1円、授業料月1円、修業期限3年。1886年小野が没し、高田の発案により大隈家から経済的に独立し、別に政治、法律2科の講義録による通信教育を始めた(校外生)。1890年坪内雄蔵(逍遙(しょうよう))の提議により文学科を創設、翌1891年『早稲田文学』創刊。1902年(明治35)9月、早稲田大学と改称。1904年大学部に商科開設。その翌年清(しん)国(中国)留学生部を置き一時は800人を受け入れたが1910年に閉鎖。
 1907年、創立25周年に校歌(『都の西北』相馬御風(ぎょふう)詞、東儀鉄笛(とうぎてってき)曲)制定。1909年理工科開設。翌1910年野球部など7部を統轄して体育部発足。創立30周年は諒闇(りょうあん)により1年延期し、1913年(大正2)大学としての「教旨(きょうし)」が出された。その意は学問の独立、学問の活用、模範国民の造就で、大学の校是を示すものであった。1917年、学長問題で世にいう「早稲田騒動」が起こったが、平沼淑郎(よしお)(1864―1938)が代表者として事を収めた。その年、新大学令公布、大学はただちに準備を進め、申請、1920年2月認可された。1922年1月大隈没、国民葬。大隈邸が大学に寄付され大隈会館として、一隅に大隈記念講堂開館(1927)。その前々年の1925年には図書館、このあとの1928年(昭和3)演劇博物館竣工(しゅんこう)
 1932年創立50周年を迎えるが、このころから日本は満州事変、日中戦争、やがて第二次世界大戦へと突入し、大戦下の1945年5月、空襲により諸施設の3分の1、延べ9000坪を焼失。[滝口 宏]

現況

戦後、1949年(昭和24)4月新構想による大学発足。学部を政治経済学部、法学部、文学部、商学部、理工学部ともに第一、第二に分け、高等師範部を母体とした教育学部を加えて11学部とした。早稲田高等学院など学校4、図書館・研究所等附属機関5。専任教職員1265人、学生2万4329人であった。1951年新制大学院として政治学、経済学、法学、文学、商学、工学(1961年理工学と改める)の6研究科発足。1956年2月、アメリカのミシガン州立大学と提携し生産性向上に関する共同研究を開始、大学内に生産研究所を設置する。翌1957年、創立75周年式典(10月21日)前日、記念会堂竣工、立席を加えて1万人を収容する。1966年社会科学部設置。ミシガン州立大学提携前後より海外との交流しだいに多く、1963年国際部開設、諸外国大学との学術交流協定も多くなる。1982年創立100周年を記念して諸事業を計画し、埼玉県所沢市三ヶ島(みかじま)に人間科学部、人間総合研究センターを1987年に開設、1990年(平成2)教育学、1991年に人間科学、1994年には社会科学の各大学院研究科を設置した。また、1991年には安部(あべ)球場跡地に総合学術情報センターが開館。1997年、社会科学研究所とシステム科学研究所を改組し、アジア太平洋研究センターを、同時にアジア太平洋研究科を設置、アジア太平洋地域との共生、世界にむけての情報発信拠点を目ざす。その後の改組を経て、2010年(平成22)時点で、政治経済学、法学、文化構想学、文学、教育学、商学、基幹理工学、創造理工学、先進理工学、社会科学、人間科学、スポーツ科学、国際教養学の13学部と、政治学、経済学、法学、文学、商学、基幹理工学、創造理工学、先進理工学、教育学、人間科学、社会科学、スポーツ科学、アジア太平洋、国際情報通信、日本語教育、情報生産システム、公共経営、法務、ファイナンス、会計、環境・エネルギー、教職の22大学院研究科を擁する。学部・大学院の学生数は5万4179人、うち留学生は3124人。2010年度の専任教員は2179人。所在地は東京都新宿区西早稲田1-6-1ほか。[滝口 宏]
『早稲田大学大学史編集所編『早稲田大学百年史』全5巻・別巻3(1978~1997・早稲田大学出版部) ▽早稲田大学大学史編集所編『都の西北――建学百年 Waseda university a photographic history of 100 years(1882~1982)』(1982・早稲田大学出版部)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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事典 日本の大学ブランド商品

早稲田大学
[私立、東京都新宿区]
[設置者]学校法人 早稲田大学
[創立者](東京専門学校)大隈重信
[沿革・歴史]1882(明治15)年、大隈重信が東京専門学校を創設。1902(明治35)年、早稲田大学と改称。
[キャンパス]早稲田キャンパス(新宿区)/戸山キャンパス(新宿区)/西早稲田キャンパス(新宿区)/喜久井町キャンパス(新宿区)/日本橋キャンパス(中央区)/東伏見キャンパス(西東京市)/所沢キャンパス(埼玉県所沢市)/本庄キャンパス(埼玉県本庄市)/北九州キャンパス(福岡県北九州市)
[マーク類]創立125周年を迎えた2007(平成19)年に新ロゴマーク「早稲田スクェア」を制定。早稲田独自の制帽である角帽をモチーフとし、校章を組み込んだデザイン。2007(平成19)年11月、商標登録済(第5087548号)。
[ブランド一覧]
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(注)記載内容は事典編集当時(2010年2月)のものです。内容・価格等はその後に変更になった場合もあります。

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精選版 日本国語大辞典

わせだ‐だいがく【早稲田大学】
東京都新宿区戸塚町に本部のある私立の大学。前身は明治一五年(一八八二)大隈重信が小野梓、高田早苗らと創設した東京専門学校。同三五年現在名に改称。昭和二四年(一九四九)、新学制に基づく大学に再編。早大。

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旺文社日本史事典 三訂版

早稲田大学
わせだだいがく
東京都新宿区西早稲田に本部を置く私立大学
1882年自由民権運動の高揚の中で,在野の人材の養成を目的として,大隈重信が創立した東京専門学校の後身。設立当時は官憲圧迫がはなはだしかった。1902年組織を改めて早稲田大学と改称。'04年専門学校令による認可を受け,'20年大学令により正規の私立大学として認可され,'49年新制大学に移行。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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